美術家名や都市などブログ内を検索してね

2017年12月31日日曜日

モリーゼ:カンポバッソ

モリーゼ州は1970年に州になったイタリア一新しい州なので、首都カンポバッソは統合した内の一つに過ぎません。カンポバッソとは低い野原とでもいうような意味で、州の6割が山岳地帯なモリーゼにおいて、平野のある穏やかな場所です。ちなみにイタリア全土の山岳地域は35,2パーセントです。


私は大学卒業後数年間デザイナーをしていました。その時に、よくイメージ広告で使うための写真集を見ましたが、これはまさにそんな写真です。誰もが見て穏やかな気持ちになるような、主張しない美しい風景、カンポバッソです。ゴッホやモネが愛した南フランスの積み藁とはまとめ方が違います。


今、私の部屋の外も雪がちらついていますが、カンポバッソにも積もっているようです。古代からある街で、多少遺跡や伝説も残りますが、印象的なのはこの中世の要塞の麓に広がった街です。要塞は封建領主が街を睨みつける印です。領主の城のすぐ下には街で一番重要な聖堂が見えます。


海抜790メートルにあるモンフォルテ城は、2012年には「芸術のイタリア記念硬貨」の5ユーロに選ばれました。モンフォルテ公はナポリ男爵も兼ねていましたが、後にお芝居にでもなりそうな反乱や裏切りがあって失墜したのです。


城は「十字架の道行」の終着地です。十字架の道行きは、救世主イエスが磔刑にかかるまでに受けた受難を表現したものですが、カンポバッソでは写真にあるように、街の人々が、ペテロやマリアに扮して実演して行います。主イエスはどうやって人選するのでしょう?今度行ったら、ぜひ質問してみたいです。以外にイエス本人に会えるかもしれません!小さな街ですから。


2017年12月30日土曜日

プーリア:ロコロトンド〜ヴィッラ・フランカ

トゥルッロは独特の建築を指す言葉ですが、それはアルベロベッロのものだと思われています。確かにアルベロベッロにはトゥルッロが固まっていて普通複数形でトゥルッリと呼びます。世界遺産登録された、童話の中に入ってしまったような場所です。



でも実はあの建物はあの周辺には、あちこちに見られるものでローカル電車に乗っていると、窓からちらほら可愛い屋根が見えてきます。アルベロベッロは行って見たい場所に上がるほど、驚くべき可愛い場所です。が、年々観光化が異常事態に進んでいて、正直言って、私の感覚には合わなくなってしまいましたので、すぐ近くだけれど、ずっと自然で落ち着ける場所を紹介します。写真はアルベロベッロではなくロコロトンド(これも可愛い響きです)のトゥルッリです。ヴィッラ・フランカにもあります。これらの街の方はまだ知られていないし、街もなかなか可愛く、それはアルベロベッロとは多いに違います。あそこの街(歴史地区ではなく)は、全然可愛くないので、散歩したい気分にはとてもなれませんが、ロコロトンドは違います。


航空写真は街全体を知るのに良いので、必ず参考にします。ロコロトンドは丸い場所というような意味で、写真を見れば分かる通り、丸い市壁に覆われた土地だからです。19世紀以前には聖人の名をとった名で呼ばれたりしていました。市壁の形や聖人の名が表しているように、ここは中世真っ只中の千年頃にできた町です。大聖堂を中心に輪状に作られた小さな町は、白い壁が南らしく、思わず町中ふらふら散歩したくなるようなところです。


小さいけれど典型的なロマネスク聖堂やスペイン風の南部バロックの大きめの聖堂などもいくつもあり、車の通らない道々の窓は花で飾られ落ち着きます。この辺は封建領主の大農場地帯だったので、農作物には定評があり、特にワイン蔵を訪れることもできます。


トゥルッリの向こうに壁で囲まれた街が見えます。今年は世界中が寒いので、こんな雪で覆われているのかも。

フランカヴィッラともいう隣町は、バーリ、フォッジャと共に「イエスの昇天の国家祭り」でも有名です。なんのことじゃ?様々な産物や技術などの博覧会というのか、神の子の昇天と美人コンテストがなんの関係(昇天の日)があるのか分かりませんが、とにかく大展示会場と、豪華な別荘がたくさんあるところです。






サルデーニャ:神秘のヌラーゲ

ヌラーゲって名前だけでなんか怪しくないですか?

私がヌラーゲを知ったのは、サルデーニャへ行った後です。イタリアで詳しいガイドを購入したら、そこに図説入りで説明がありました。子供の頃から形や色、さらに不思議なモノに異常に惹かれる私は(美術史をやっていて幸せです)、ヌラーゲの頁で手が止まりました。なんじゃこりゃ〜?なんて不思議なものだろう!なんて魅力的な形なんだろう!

ヌラーゲは説明によると、島内に7000ほどあり、紀元前1800-500年(もっと幅を持たせる研究者もいる)頃に隆盛をむかえた文明の跡だそうです。古代ローマ帝国の支配が始まった頃には、まだ存在していたそうで、最も有名な紀元前9−8世紀のSantu Antineのヌラーゲはローマ皇帝コンスタンティヌスに捧げられました。ヌラーゲは本来要塞のようなものだったらしく、最も数も多く単純なものは塔だけですが、複雑になると塔を囲んだ集合体で、それが何か有機体のような謎の生き物のような印象を与えます。



不気味ー!


これは再現されたヌラーゲです。四角ではなく微妙な三角形をしています。

マントを羽織って、杖や剣を持った族長のブロンズ像も幾つも見つかっていて、私好みに原始的な力強さと、どこか笑ってしまう微笑ましさを備えたものがほとんどですが、中にはなかなかの造形感覚を示したものもあって、どんな時代にも芸術家がいたことを示してくれます。


いい感じです。ハイタッチしようとしているのか、皆の衆に話しかける合図か、祝福を施しているのか、大きな手を挙げています。頭には輪を被っているのか、中世の修道士を思わせます。姿勢は、個々の作品毎に多少違いますが、似ています。

さて、実際の旅の話に移りましょう。実は私は5回ほどサルデーニャへ入っているのですが、まだヌラーゲを訪ねていません。次はぜひ、中を見学もできる巨大ヌラーゲを見てみたいものです。結構あちこちにあるので、可能性は高いと思います。

サルデーニャにはヌラーゲの他に、ドルメン(眠るという意味で死者、お墓を意味する)の巨石文明もあり、これも広大な大地に屹立しています。どうやって建てたのか、昔の人は、重い物をものともしなかったのを痛感します。現代人は軽さの追求に躍起になっているというのに。


人がいないので大きさが判りにくいですが、石の下方に空いた穴は大きな門と思ってください。「巨人の墓」と言われるものの入り口です。日本の古墳も巨人の墓かと思いますが、あれは巨石を積んだわけではないので、こっちの方が大変かなーっと。






カンパーニア州にある「イタリアの小さな村」

http://visitaly.jp/recommend/borghi-in-campania

イタリア政府観光局のサイトです。
アマルフィの近隣の村を紹介しています。
この辺の写真は自分の写真がないので、イタリア公式サイトを見てください。

ま、正直言って一週間の旅でここまで行けるとは思えませんが(何しろカンパーニア州は見所満載なので、モリーゼとかならいくらでも行っちゃうんだけど)、あの辺の雰囲気は伝わります。アマルフィと似た地形で、急勾配に建っている家々が、真っ青な海と地中海ならではの日差しに映えて印象的です。

写真はナポリの司教座聖堂聖具室(カンパーニアの私の写真)



2017年12月29日金曜日

イタリアの旅のための新年会と冬季授業について

来年のイタリアの旅のためのパーティをしたいと書きました。年末か年始にと書いたのですが、来年の首都大学東京オープンユニバーシティ冬季講座が始まってからにしたいと思います。ということで1月後半です。なので、もうメールをくださった方には申し訳ないですが、1月後半で考えてください。よろしくお願いします。

それと首都大の冬季講座も開講が決定しています。内容は、冬季に限り、南大沢と飯田橋校の内容が似ています。全く同じでは無いですが、いつも南大沢は歴史重視で、現在レオ10世と宗教改革まで来たところですが、変わるのでご注意ください。

両校とも「イタリアの街」シリーズ最終回



https://www.ou.tmu.ac.jp/web/course/detail/1741I003/
飯田橋
フィレンツェ、ローマ、ジェノーヴァ(印刷ミスです。正しくはジェーノヴァ)、その他


https://www.ou.tmu.ac.jp/web/course/detail/1742I004/
南大沢
フィレンツェ、ペルージャ、パレルモと小さな珠玉の街

となっていますが、どちらもある程度集まった人次第で変更可能です。
南大沢に関しては、二日間で90×2時間授業の4コマで短い(ということは安くもある)ので、ぜひお近くの方でお時間のある方は、お越しください。初めての方も気軽だと思います。

サルデーニャ島あらまし

「イタリア:歴史と美術の旅2018」の候補地、最後に上がるのはサルデーニャ島です。


イタリア20州のうち特別自治区は5つあり、その内2つが島です。地中海最大の島シチーリア島、それに次ぐサルデーニャ島です。特別自治区というのは、長年独自の文化を保存して来た場所で、いわゆるローマ、フィレンツェを中心とする(と言ってもその二つはかなり違うけれど)イタリア文化とは、かなり違っているので、地域限定の言語教育があったりする、そういう場所です。都会化が進むと、いわゆる伝統文化は失われるのが一般的ですから、世界中どこでも似て来ます。

私が数十年前に初めてミラーノへ行った時、一ヶ月ロレートというミラーノのど真ん中のアパートに下宿しました。働く中年女性が空いた部屋を貸している所に、大学の友人と二人で一ヶ月泊まり、イタリア中あちこち旅して回りました。英語が通じるという話は全くの幻想に過ぎず、私の片言イタリア語がどれだけ役に立ったかわかりません。その時、一ヶ月、個人で勉強しただけのイタリア語の通じることに感動したのが、私のその後の人生を決めました。十代の時に初めてロンドンへ行った時には、書いたら正しい文章がいかに通じないかを痛感させられていたので、イタリア語の発音のし易さに驚いたのです。

初めてのミラーノ生活は勿論最高に楽しいものでしたが、ミラーノは東京とそんなに変わらないという印象も持ちました。ローマやフィレンツェの方が良かったな、と思ったものです。勿論、ミラーノは東京とは全然違うけれど、勉強不足の学生にはそう感じられました。当時シチーリアへは行きましたが、サルデーニャには行けず非常に残念でした。なぜなら、友人はシチーリアをそれほど気に入りませんでしたが、私はとても感動したので、サルデーニャも素晴らしいに違いないと確信していたのです。きっと生まれも育ちも東京の私にとって、シチーリアはミラーノよりずっと大きな差を感じさせたからです。その後、イタリアを仕事の中心に据えて、様々なイタリア関係の人々と話すうちに、サルデーニャは、人も文化もいよいよ独自だと考えられていることを知りました。確かに、私が出会ったイタリア人男性で、最も難しい人はサルデーニャ人でした。まだ30才にもなっていなかったのに複雑な人でした。

個人的な話が長くすみません。

サルデーニャ島は、エメラルド海岸という名が示す通り、素晴らしく美しい海と海岸で溢れたところです。場所によってはフラミンゴが群生していて普通に飛んでいたりします。東京ではスズメも居なくなってしまったのに・・。地図が示す通り5つの地区に分かれていて、最も小さな地区に首都カリアリがあります。交通の便は非常に悪く、そのため空港が4つもあります。

北西の地域はスペイン色が濃く、内陸に行くほど地元色が濃くなります。島全体に、ヌラーゲという謎の古代文明の遺跡があちこちに残り、その幾何学的な形態は大変幻想的です。不気味な仮面をつけて踊り狂う、伝統舞踊と音楽もそれぞれの地に残り、盛んに活動が行われて居ます。ダイビングで珊瑚を取ることもできるほど、山のように珊瑚が取れるので、珊瑚を使った様々なデザイン(古典的、伝統的、現代的、抽象的)の装飾品が特徴ある産業の一つです。歴史は異常に古く、古代ローマの跡もありますが、私にとっては中世のロマネスク様式の聖堂がたまりません。な〜んにもない平原にポツンと建つ聖堂は、主に島の中北部に幾つも点在し、ロマネスクといっても随分と異なった様式で作られています。

もしサルデーニャに行くなら島だけで一週間過ごしたいと思います。




2017年12月27日水曜日

バジリカータ州あらまし

「イタリア:歴史と美術の旅2018」の候補地に、またまたマイナーなバジリカータ州も入れてみました。舌の根も乾かないうちですが、バジリカータには一箇所だけかなり有名なマテーラという世界遺産登録された地域があります。街とは書きにくい場所ですが。


このイラスト地図を描いた人に、共有させてくれて感謝します。



バジリカータ州は、イタリア語を日常的に話す人の割合が、イタリア全州の平均値よりもかなり低く、多くの人はイタリア語と方言を併用するようだ。しかし全くイタリア語でない独自の言語が残る地域もある。イタリアにはそういう、特別区のような場所が幾つかある。例えばクールマイユールなどちょっと欧米語を知っていればすぐ分かるように、町の名自体が完全にフランス語だし、ボルツァーノなどはボーゼンと、イタリア語とドイツ語の両方の表記が当然のようになっている。しかしバジリカータの場合は、フランスやドイツのような大国と地繋がりで、どちらの文化圏が優勢か分からないような地域とは違う。純粋に数世紀に渡って作られた、様々な民族が入り乱れて作られた文化が残っているのだ。ということはそれだけ地域性が強く、観光地化されていないということでもある。

日本語版ウィキペディアに「ゆかりの人物」フランシス・コッポラ(彼の祖父がバジリカータ出身)などと紹介されるほど、日本人の知っている大物は無関係な地域だ。でもイタリア史をする者には、近代イタリアの初期の重要な首相や、マフィアや南部問題における、ある意味で英雄のような存在クロッコがいたり、中世をする者にとっては、何と言っても12世紀ルネサンスを開いたノルマン王朝の痕跡が残る場所でもある。文学や古典芸術を考える上でも、ウェルギリウスに並び評価された、紀元前の詩人ホラティウスや、古楽を知っている人にはジェズアルドもいる。激情的な音楽感覚を持っていた彼は、妻と彼女の愛人を殺したことでも有名だ。キリストの名の下、完全な平等が実現される、夢のような「太陽の都」を具現化すべく、占星術で示された時に革命を起こした、中世の修道士トンマーゾ・カンパネッラはカラーブリア州の出身だが、この地でユートピアを起こしたのだった。あっという間に、仲間の裏切りで逮捕され拷問の末投獄されてしまうが、スペイン支配から逃れ、自由に生きたいと願う民衆は彼に従ったのだった。カンパネッラの名を聞いたことがある人は、結構いるのではないか。なぜなら宮沢賢治が、「銀河鉄道の夜」の登場人物にその名を与えているからだ。賢治はトンマーゾに心酔していたに違いなく、彼自身も岩手にイーハトーブ(イワテのエスペラント語から)という理想郷を作ろうとした。私は「太陽の都」が大好きだ。どの子も平等に教育の機会が与えられ、自由に研究ができ、健康的な食事が出され、みんなで運営する都は、現在の日本の状態からも程遠い。人権など存在しなかった中世真っ只中に生きた、彼の夢見た地を訪れるのもいいだろう。行く前に是非読みたい本は「太陽の都」と反戦の芸術家カルロ・レーヴィの作品だろう。


面積の半分近くが山岳地帯と丘陵地で、平野は全体の10%に満たない。それに伴い丘に張り付いた町の景観がなかなか面白い。

メルフィのノルマン人要塞、メタポントのギリシャ神殿、世界遺産マテーラの洞窟住居群、ブラジルみたいな山上の巨大彫刻もあったりするし、ターラントは子供の頃から知っていて、是非行ってみたい場所だ。


モリーゼ州あらまし

Molise(モリーゼ)の名を聞いたこともない方が、イタリア好きでも当たり前か、というほど無名の州に行こうかと、考えている私は無謀ですが、それを理解してくれそうな旅の仲間たちが居るのではないかという期待から、一応「イタリア:歴史と美術の旅2018」の案に入れて見ました。

モリーゼは20州あるイタリアの全ての州の中で人口は二番目に少ないのですが、一番少ないValle d'Aosta(ヴァッレ・ダオスタ)州は、モンブランへの通り道だったり、古代ローマの合戦の時、ハンニバルの像の軍隊がアルプス越えするなど歴史的にも名高く、街は非常に観光地化が進み、有名です。なのでモリーゼは誰が見てもイタリア一知られていない州です。が、近年はそれを逆手にとって、汚されていない自然に生息する動物たちと、古代、中世、近世に建てられ、打ち捨てられたような城や聖堂の保存に努め、ヨーロッパの旅慣れた人々にとっての、新たな隠れた観光地として整備が始まっています。




ローマを首都とするラツィオ州やナポリを要するカンパーニア州に挟まれ、ちま〜っとして居るのがモリーゼです。ここも実は4つほどの地域に分かれていました。テルモリにはイタリアで最も有名なフィアットの大工場があり、食品加工業などもひしめいていますが、イゼルニアは私が最も訪ねたい聖堂が輝いているところです。どれも真剣なロマネスク好きでない限り、たどり着けないような場所にあります。カンポバッソは現在、首都でトレッキングや、山小屋でのんびりするドイツ系の人たちに愛される、絵本のような場所。人間イエスの聖史劇が行われます。

う〜ん、普通はイタリアへ行きたい人にまずオススメする場所でないのは確かです。観光客やおみやげ物屋が嫌いだけど、旅したい人にお勧め、と言っても絶対に言葉は必須です。


これはカンポバッソでかつて大修道院があったところに残った、ごくごく一部の聖堂。崩れたアーチの列がかつての修道院の大きさを物語っています。

個々の聖堂などは全州のあらましが終わったら書き始めます。


2017年12月25日月曜日

プーリア州あらまし

「イタリア歴史と美術の旅2018」秋に向けての旅をどこにするか話し合うため、旅先の紹介をアップして行きます。

Puglia(プッリャ、プーリア、プーリャ)州の首都はBari(バーリ)です。
が文化的に4つの地域に分けられます。北から
1)Foggia(フォッジャ)を中心としたガルガーノ地区。
2)Bari文化圏
3)Brindisi(ブリンディシ)とTaranto(ターラント)
4)Lecce(レッチェ)とサレント地区



イタリアのブーツの踵にあたる、アドリア海に面した、気候的には最高かと思える素晴らしい地域です。一世を風靡した映画「グラン・ブルー」の撮影も、一部プーリャの海で行われました。個人的にも強烈な思い出がいくつもありますが、もしプーリャに行くならこの州だけにしますし、それでも一週間では全く一部しか見られませんので、この4つの地域で1つか二つにします。

歴史に興味があれば、絶対に「ノルマン王国」について読んでから行くべき場所で、最後の花、フリードリッヒ二世も良いですが、個人的には初めてノルマンコンカー(結局彼等はイギリスを征服した)の初期の人物たちに因んだ、大天使ミカエルの洞窟やノルマンロマネスクの建造物が大好きです。時機がピッタリのサンタクロース(聖ニコラ)はバーリに眠っています。街としてはバーリとレッチェがかなりの規模で、古代ローマ遺跡から現代のファッション街まで、ひったくりも多いですが活気があります。フリードリッヒといえば、世界遺産登録されている建造物の中でも最も個性的な一つに違いない Castel del Monte(カステル・デル・モンテ=山の城)がフォッジャとバーリの間にあります。印象的なのは、海に突き出るような場所に屹立する大聖堂です。風景とロマネスクの石が響きあい、実に感動的です。内陸には、背は低いけれど、バロックとは違った中世の装飾で溢れた大聖堂もあります。

古代ローマ街道の終点で地中海へ抜ける世界の港ブリンディシも、その向こうにギリシャがあると想像すると壮大な数千年の歴史が浮かびますし、dolmenと言うヨーロッパに残る原始時代の巨石文明も、あちこちに散らばっています。

食という意味では、イタリアの食材の実に半分以上がプーリャで取られるというデータがあり、特にオリーブ、トマトなど輸出向けに、トスカーナの表示が貼られて売られたりすると、専門家から聞いたことがあります。ワインはほとんどが当地で飲まれる(寝かせない)ため、あまり輸出はされません。要するに食材のほとんどが大変新鮮だということです。長く居ると季節労働者(畑の作業)の姿が目につきます。

アドリア海側は日本人観光者が非常に少なく、一度などは日本を知らない人に出会い、説明に苦労しましたが、結局そのおじいさんは中国を想像するのがやっとでした。なんと最初は私を、南イタリアの他の街の人間と思ったくらいのローカルさです。「君は他所者(よそもの)だろう?」と得意げに言う。「分かるよ。話し方が違うから。」そーですか、すみません。この地域の方言は一言も知りません。「隣町(村)かな?それとももっと遠く?」と彼は言い出し、初めてイタリア人以外だとさえ思っていないのが理解できました。それ程地域の人としかコミュニケーションがなかったのでしょう。地球の裏側から来たと知ると、街の要人に紹介してくれ、発掘(ノルマン王朝のお墓を暴いていた)調査を説明付きで見せてもらえました。彼はまだ元気でしょうか。きっとモルフェッタ天国です。






2017年12月24日日曜日

カンパーニア州あらまし

「イタリア歴史と美術の旅2018」用に考えている州(モリーゼ、カンパーニア、バジリカータ、プーリャ、サルデーニャ島)中、圧倒的にカンパーニア州が、歴史的、文化遺産的に重要で、巨大です。


中世ヨーロッパで都市と言えるような場所は少なく、パリと人口だけは多かったロンドン以外は、全てイタリアにあります。フィレンツェ、ジェーノヴァ、ヴェネーツィア、ミラーノ、ナーポリは常に人口も多く、真の意味で都市であり続けましたが、ナーポリは圧倒的に巨大でした。古代から栄え、中世にはフランス王と神聖ローマ皇帝の争奪戦の的となったナポリは、近代には音楽の都として繁栄します。要するに常に大都会でした。そして大都会に付き物の問題も存在しました。それは今も変わりません。

「ナポリを見て死ね!」なのか「ナポリを見たら死ぬ」のかは受け取る人次第でしょう。

世界に誇れる堂々とした博物館、美術館、オペラハウス、劇場があり、あっと驚くような聖堂も幾つもあります。一度ナポリを好きになると、他には興味がなくなるほど強烈な個性が、街にはあります。私は、個人的には住みたい街ナンバーワンと思ったことは一度もありませんが、何度でも見たくなる、ゆっくりしたい場所は何か所もあります。考古学博物館は世界一ですが、私には、丘の上のファルネーゼ家の美術コレクションからなる、ブルボン王家の巨大な館 Capodimonte(カポ・ディ・モンテ=山の頭)美術館が最高です。カラヴァッジョは多作ですが、彼の質の良い作品があり、シモーネ・マルティーニの傑作があり、ルネサンス、バロック、ロマン派などの作品もすごいものが揃っています。マニエリスムの大人気画家パルミジャニーノの女性像などもあります。これは数年前に西洋美術館の目玉作品として来日しました。とにかくナポリにいれば一週間はあっという間に過ぎるでしょう。

そうそう、人生最高のピッツァもナポリでした。

カンパーニアにはかの有名な「青の洞窟」のカープリ、カンツォーネ「帰れソレントへ」の港ソレント、18世紀に建てられたヨーロッパ最大の王宮と中世の街を持つカゼルタ、一時は日本映画の舞台にもなったアマルフィ、個人的には、ロンゴバルドとギリシャの色濃いベネヴェント、などなどいくらでも見所があります。




来年に向けたイタリア会のお知らせ

年末か、年明けに国立(レストラン文流かアルトパッショ)でパーティをしたいと思います。誰でもではなくて、来年秋に「イタリア美術の旅」をする予定なので、興味のある人だけの集まりにします。勿論イタリア旅行絶対参加決定ではなくて、当然ですが、考えてみようという人も歓迎します。簡単に内容を示すので、参加してみようという方は、小パーティにご都合の好い日を書いてメールをください。romanici@gmail.com

内容は以下の通り(おおよそ)
⭐️  9月の第二週あたりの平日出発
⭐️  イタリアに一週間、全部で10日ほど
⭐️  持ち物は機内持ち込み可能のスーツケースなどに限る
⭐️  金額は、講師が共に行く一般のツアーと比較して信じ難い安さ
⭐️  その分、荷物など自力で運び、昼夕の食事は含まない
⭐️  目的は聖堂、博物館、街巡りであって、一般のツアーより美術鑑賞時間が長い
⭐️  移動時間をできるだけ減らし、景色、作品などをゆっくり堪能するため連泊
⭐️  普通のホテルはできるだけ使わず、個性的な歴史建造物に宿泊するため、一般のツアーのような便利さは追求できない(例:バスタブは無い)
⭐️  4月に航空券が発表されてすぐにチケットを取りたいので、それ以降の申し込みは金額が上がる可能性がある

だいたいいつもこんな感じです。
で今回集まって話し合いたいのは、行く場所です。
南部に行くことは一応決定していますが、それ以上は話し合いで決めます。
私が、プランを幾つか提案するので、それを元にどうするか行きたい人で決めて行きます。

⭐️  プーリィア州
⭐️  モリーゼ州
⭐️  バジリカータ州
⭐️  カンパーニア州
⭐️  サルデーニャ島


(写真はモリーゼのBagnoli del Trigno)

の中から2〜3の宿泊場所を決めます。移動は公共の手段を使い、日本人集団が移動するツアーとは違った、現地の生体験をします。バスも存在しない地域では車をチャーターします。初日本人、みたいな場所もいくつかありますし、ナポリのように大都市もありますがどうするかはみんな次第。超珍しい地域と有名な街を組み合わせます。

連絡待ってる!!


2017年12月23日土曜日

Buon Natale

ブォナターレ!
御聖誕をお祝いする言葉。

なんか日本語で書くと物凄く硬いけど、イタリア語では非常に気楽な感じというか、親しみやすい感じです。これは聖書を読んでもいつも感じることだけれど、イタリアにいる方が神を感じやすい。キリスト教徒が1パーセント未満の日本なんだから当たり前か。歴史も全く違うしね。それなのに、日本でも当然のようにクリスマスは有名で、売りまくろうとか、楽しもうとか、そういった気分で一杯です。


写真(クリックしてみてください。大きくなります。)は、ウディネの博物館で撮影しました。生まれたてというより、ごくごく乳を飲みまくる、非常に元気なイエスと、実に頑丈そうな完璧に白人のマリアが、ドイツ文化圏が近いのを感じさせます。何よりもルネサンス期以降、すっかり青と赤に決められてしまうマリアの衣装など無関係に、何もかも金ピカなのもいい感じです。でもよく見るとところどころに色が残り、塗り替えられながら大切にされたのが伝わります。

不穏な世の中だけれど、少しでも世の中に平和がありますように

2017年11月26日日曜日

基督教生まれの物事

今月終わった放送大学の多摩学習センターでの授業は
「基督教生まれの物事」っていうようなものでした。

いつも教室が溢れそうなのに、今回は前回の「修道院から生まれたもの」の続編のようなところもあったためか全員が発言できる程の人数でした。発言をきちんと聞けるのは30人が限度ですね。

私たちが日常、あまりにも当たり前に使っている「カレンダー(日付)」を始め、「複式簿記」のような現代の経済の基本となる思考法、予想外に人気があったのは「カーテン」を始めとしたプライベート空間の創出です。参考資料に使ったラッファエッロの作品の力もあるかも。私がたくさん持っている「眼鏡」や、仕事、というより私の人生の基本である「本「大学」もそうです。「ボタン」、「針」、などの日常の細々したことから、今で言えばインスタ映えしないので、時間をかけませんでしたが、「停戦・休戦」「病院」「福祉」という平和的な精神に関する内容は、今回最も言いたかったことです。いつも言っていることだけれど、宗教が殺すのではなく、人の欲が殺すのだということを、真面目に考えてほしい。毎日多くの人の命が、不自然な形で奪われている今、最も大切なことだと思うから。



参加者から「自分がいかに何も知らないか痛感した。」と、今回も言われました。ソクラテスを思い出します。中学生の時、読んでも理解できることがあまりにも少なく、考えさせられました。今も、世界は私の理解を超えたことだらけですが、考えるのをやめた時、人は人で無くなるのだと思って、生きています。




2017年11月24日金曜日

知られざる芸術家の人生

今月は放送大学の授業が6日もあったからきつかったけど、風邪もひかずに乗り切りました。人数を絞って、良い画像を追求したせいもあってか、いつもよりさらに感動してくれた参加者が多かったかもしれない。内容が、何と言ってもやりたい事に近かったし。

今回紹介した芸術家は、以下の通り。

Benedetto Antelami ベネデット・アンテーラミ
Simone Martini シモーネ・マルティーニ 
Beato Angelico ベアート・アンジェリコ
Donatello ドナテッロ
Andrea del Sarto アンドレア・デル・サルト
Rosso Fiorentino ロッソ・フィオレンティーノ

90分で一人紹介しなくちゃならないし、質疑応答や美術や歴史全体の説明もあるから、当初予定していた二人、カルロ・クリベッリとロレンツォ・ロットを削りました。

クリベッリに関しては、良い画像を使えるという事で、彼の工芸的な技が紹介できると思ったんだけど、考えて見たら、彼に関しては資料はほとんど無くて、人生が語れる訳ないし、ロットは、ほんとやりたかったんだけど、ヴェネツィア美術に関して、ビザンチンとかベッリーニ工房なんかの話もしなくちゃいけないから諦めた。いつも盛りだくさんとか、内容が濃すぎるとか言われてるから、その方が良かったと思う。


私は子供の頃から絵が好きで、描いてもいたけれど、見るのも大好きでしょっちゅう画集を見てた。展覧会にも連れて行ってもらったから、美術のない生活なんて考えられない。作品は、有名だからとか、有名人のものだからとか、そんな風に見るものでは決してない。聞いたことも見たこともないけど、なんて素晴らしい作品なんだろう、という瞬間が最高だ。ドナテッロは、私からすれば、これ以上ない最高の芸術家だけれど、世間的にはレオナルドの絵かもしれないものの方が、よほど関心を引く。それは資本主義、投資であって、芸術家の精神とは真逆のものだ。アンドレアの驚くほど、素直で繊細な光には、知らずのうちに涙が出るほどだけれど、彼の名を知る人は滅多にいない。


2017年11月8日水曜日

サルデーニャのロマネスク聖堂巡り

http://www.japanitalytravel.com/arte_romanica/top.html

真面目なイタリア専門旅行サイトに断続的に連載してます。
上のサイトをチェックしてね。


写真は、冒険を重ねてたどり着いた、孤高のロマネスク聖堂。サイトの記事に説明あり。

今年は体調の問題があって、イタリア美術の旅を結構しなかったけれど、来年は復活するので興味のある人は是非見てね。乞うご期待!

2017年9月29日金曜日

イタリア人高校生が授業に参加

腱鞘炎なので更新してなくてすみません。でもマジックパッドを買ったから少しは楽になったのでちょっとづつ書くよ。

10月21日から始まる、首都大学東京オープンユニバーシティ、飯田橋校での初回授業にイタリアからの留学生が来てくれます。高校生だから講師じゃなくて、実生活を知るために呼びました。物凄く良い子で、めっちゃ気を遣ってくれます。昔からそう言ってるけど【どこかの外国が好きな人は、その国の気質を持ってる人】と私は思ってるから、彼もそういう意味で日本人ぽい。逆に私が、良くも悪くも日本人らしくないように。


飯田橋の授業は『西洋美術:イタリアの街』です。このところ連載してて、結構評判が良いんだけど、来年から純粋に西洋美術に戻ろうと思ってます。私もやっててイタリア行きたくてたまらなくなるのですが・・。

申し込みがまだの人で興味のある人は是非、大学へ連絡ください。

首都大学東京オープンユニバーシティ
https://www.ou.tmu.ac.jp/web/course/detail/1731I002/
電話:03-3288-1050(9~17:30)
Fax: 03-3264-1863

です。
南大沢教室では歴史の授業をやってます。
今期のテーマは「レオ十世と宗教改革」。どうぞよろしく。





2017年9月8日金曜日

イタリアの街:Cividale チヴィダーレ

Cividale dei Friuli:チヴィダーレ・デイ・フリウーリ
Friuli Venezia Giulia フリウーリ・ヴェネツィア・ジューリア州

チヴィダーレの名前を知っている人は大した人です!というか私が訪ねた時、人口1万人ちょっとの小さな街で出会った旅人は、全て研究者でした。訪問先の街で誰に出会うかには、非常に大きな差があります。例えばフィレンツェやヴェネツィアのようなスーペル・ウルトラ観光地ではうんざりする異常な数の観光者に出会います。特にサン・マルコとか駅周辺などはほとんどが観光者でしょう。そういった街でもちょっと離れたり、最大級に有名な場所でなければもう、閑散としたものですが・・。それにしても、私はイタリア中旅して回っていますが、チヴィダーレのような街は初めてでした。中世木彫象が専門のモル教授が主催する展覧会があったためとはいえ、遭遇した人々は全員が博物館、美術館の研究員や大学教授でした。



チヴィダーレは美術史の教科書(イタリアの教科書、日本の出版物にはほとんど記述はないでしょう)には必ず出てくる有名な街です。ロンゴヴァルドという蛮族大移動時代の、イタリアに建国した人々が残した、とても印象的な作品の中で最も知られた作品がここにはあるからです。私は初めて本でそれを目にした時からここを尋ねるのが夢でしたが、あまり行きやすい場所ではありません。そこでこの州を固めて見ようと旅を計画したのです。

フリウーリ・ヴェネツィア・ジューリア州では、日本では特に「トリエステの坂道」(須賀敦子著)のおかげでトリエステが知られていると思います。あまりイタリアらしくない街ですが、特にイタリア近代史においては重要ですし綺麗な街です。いつかトリエステの話もしたいですが、今はウディネから可愛い電車に乗って、チヴィダーレへ。


何しろ情報がない中駅前の近代的な工場を横目に、森や屋敷の庭に沿ってバールで聞いた方向へ向かうとその街はあります。中世には栄えても今は鄙びた、イタリアに無数にある小さな田舎の村です。それでも流石イタリアで、広場がいくつもあり立派な大聖堂と市庁舎(写真)があります。立っているのはシーザー、カエサル、チェーザレです。(何語読みしたらいいでしょうか?)古代ローマ帝国時代に北イタリアの蛮族対策のためカエサルが建国した街なのです。どの街でも必ず司教座聖堂へ入リます。が、ここのメインは博物館と王室礼拝堂です。考古学博物館には他では見られないロンゴバルドの品々が分かり易い説明とともに多数展示してあり、それだけで大満足です。私はこれらのデザインが大好きなので、複製アクセサリーの工房で、彼らの定番デザインである逆S字を購入。本物は宝石付きですが残念ながらそれは諦めます。写真は現在十分に使えるペンダントヘッドです。これらのものは7〜9世紀の物が中心で、いわゆる地中海デザインとは全く違ったものです。


最大の見所はペンモの祭壇。大理石の祭壇にパワフルで天真爛漫な、どうしてこんな下手な人が彫ったんだろうか?とも言えるとてつもないレリーフが目一杯掘られています。撮影の許可はもらいましたが、転載できないので載せられません。非常に残念です。現在はかすかに色が残っているだけですが、展示では時々、色彩を再現する投射が行われ、それを目にしたら二度と忘れられない迫力です。素晴らしい展示方法です。

もう十分来た甲斐があるのですが、もう一つの目玉、王室礼拝堂へ。ここは素晴らしい立地にあり撮影もできるので、ちょっぴり喜びを分かち合ってもらえます。


小さな礼拝堂ですが、王家の人々の書見台がそのまま残り、ロンゴバルド芸術の美の頂点と言われるレリーフを間近に見ることができます。時代により空間にも変更が行われたのは明白で、違った時代のフレスコなどが残っています。特別な空間を堪能して外へ出ると、そこは天国です。澄み切った空気と水に爽やかな太陽の光。北イタリアの小村の素晴らしさが凝縮しています。


ベネディクト会系修道院だった名残で、果樹園もありゆっくりできます。素晴らしい風景を堪能しながら、川沿いに小道を行くと城壁外の街へ出ます。そこには巡礼聖堂や13世紀の家などが保存されています。街の反対側には、おなじみ中世の悪魔の橋があり、違った地区へ。一部城壁と門が残る部分に、また別の広場があり雰囲気が変わります。人々は全く観光ずれしていなくて、時間は穏やかにゆっくり過ぎます。食に関しては山らしく木ノ実を使った料理が充実しています。今回はウディネから通ったのですが次回はぜひ宿泊したいと思っています。



2017年9月3日日曜日

「イタリアの街」は今年限り

首都大学東京オープンユニヴァーシティ、飯田橋校でこのところ連続して行なっている「イタリアの街」というテーマの授業は、一旦今年限りにします。

もともとこのテーマは長く参加してくださっている方からのリクエストで始めたのですが、なかなか楽しい内容で、自分でもとても気に入っています。何より、普通大学で行う授業は、実践的な内容は相応しくないと私は思っているので、旅の実践的な話など授業の中では避けてきました。しかし、今回のテーマでは街を紹介するのに、実際に自分が訪れる感覚で、建造物や町並みを組み立てました。なので飛行場や駅、列車など普段の美術史では決して触れることのない内容に多少触れますが、これが、現代イタリアの社会問題や技術などを紹介することにつながりました。最も顕著な例はパレルモの「ファルコーネとボルセッリーノ空港」です。生涯をマフィア撲滅運動に捧げた英雄の名前がつけられています。


博物館はイタリアのどんな小さな街にもあると言って過言ではないほどで、そこでは当然美術の話ができますし、町並みの変化や構造は歴史と深く結びついています。ですからずっと続けたいという気もするのですが、これをしていると、イタリアしか扱えず、西洋美術を紹介するのが、やはり本来の私なので、来年からは大きく西洋美術を基本に、様々なテーマに切り込みたいと思っています。

今年最後の10,11,12月の講座ではイタリア人留学生にもきてもらって出身地のインタヴューも考えていますので、今まで気になっていた方、イタリア旅好きは、ぜひ来てください。待ってます。

2017年8月14日月曜日

映画:ブレンダンとケルズの秘密

題名:ブレンダンとケルズの秘密
監督:トム・ムーア他

第82回アカデミー賞長編アニメ映画賞ノミネート作品。

http://secretofkells.com/

今日から!
アイルランド、ケルト美術好きなら絶対行くべし!
東京は二箇所。私はコジク阿佐ヶ谷で見るよ!
ちょ〜楽しみ〜〜💓



2017年8月13日日曜日

本:聖なる侵入

題名:聖なる侵入
著者:フィリップ・K・ディック
出版:1982年 サンリオ

連休を使って一人ディック祭り。最初の題名がValisAgainだったことを考えると、確かに世界の終末、救世(神)についてのテーマは受け継がれている。というよりより鮮明に打ち出されているがこちらはずっと読みやすく小説らしい。かなりの量が会話で成り立っていることもあるが、真の愛が見つかるハッピーエンドが何よりも違っているところ。



アメリカ版の表紙は日本版より常に分かりやすいから、説明にこれを使用。何の絵かというと、地球外の御聖誕の場面。因みに「御聖誕」は美術図像では、赤ちゃんイエス、完璧な聖女である少女母マリア、人間界の父大工ヨセフ、それに牛馬がいたりする。が、ここでは病気で死に瀕しているエゴイスティックな27才のイスパノアメリカ系女性、内向的な音楽御宅の二人の移民(地球から逃れてきた)、と乞食のような老人エリアス(預言者エリア)。

幼児イエスの物語はマリアの物語以上に知られていない。というか聖典にはないんだけど、ここでは10歳のイエスが大活躍する。記憶障害のある可愛い少年がこの世界の創造者であるという、ディックならではのものすごい設定だし、いつものように聖書、様々な思想、世界背景に加え音楽や言語の知識まで必要とする内容だが、以外に話は単純で読みやすい。何よりも人間への愛、善を選択する自由意志の勝利という結末が、ディックらしくなく明るい。ある意味これが遺作となって良かったと思える作品。


2017年8月12日土曜日

本:ヴァリス

題名:ヴァリス
著者:フィリップ・K・ディック
初版:1982年
出版:サンリオ


数世紀経過し再読。ディックは学生時代にハマった作家でほとんど読んでいるが、中でもこの「ヴァリス」と次の「聖なる侵入」は最後の大作。数年後53歳で死んだ彼が死と文学、思想、宗教についてリアルに考えていたことが想像できる。初期の作品(「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」「流れよ我が涙、と警官は言った」他)のような感動は損なわれているが、それは彼の迷いかもしれない。背景の知識があれば何重にも楽しめる。

VALIS:巨大にして能動的な生ける情報システム

連休を利用して普段は読めない(普段は歴史、美術、宗教などに関する解説ものばかり)小説を読んだりする。特に今回は最終場面を見逃していた「パーソン・オブ・インタレスト」(アメリカのテレビドラマ)も見終わり、ディックがいかに先端を行っていたかを再確認。スノーデンに言われなくとも、このところのネット社会と個人情報の扱い、人工知能の発達と利用に関して、誰でも疑問、疑念に思う世の中だ。それを彼は1970年代から追求していたのだから時代がやっと彼に追いついた感がある。




それにしても再読しながら思ったのは、これほど知的ベースを要求するSF作家が大人気作家で、何本も映画化されている(日本語訳10本の内「ブレードランナー」「マイノリティーリポート」などは日本でも有名だと思う)という事実はどう捉えたらよいのだろう。ロックとドラッグが日常的な世界に住む似非知識人たちが主人公のディックの小説は、どこか二流の雰囲気を常に持ちながら、非常に読書家でなければついていけない作品なのだ。それに何より、単なる娯楽SFとは全く異なり真剣に社会を考察する。




2017年7月30日日曜日

イタリアの街:Alghero アルゲーロ

腱鞘炎が完治するまで待ってるといつ書けるかわからないので、少しずつ書くことにした。首都大学東京オープンユニヴァーシティでやってる授業をちょこっと紹介します。「西洋美術:イタリアの街」

アルゲーロ:サルデーニャ島


第二次世界大戦で甚大な被害を受けたので街には、目を見張る大聖堂などほとんどない。この聖ミカエル大天使聖堂も輝かしい陶器のクーポラを見ると、どんな素晴らしいところだろうと思うが残念ながら他は悲しい状態だ。

でも15万年前の人類の痕跡があったり、サルデーニャ中に残る古代民族のSFっぽい遺跡は何も知らなくても興味深いし、それこそ無条件に自然は素晴らしい。どこまでも海底が見える透明度の高い水、ネプチューンの洞窟、それに続く岩肌を階段伝いに歩くだけで爽快この上ない。

もし歴史に興味があれば、ミケナイ文明、フェニキア人に始まり、海洋帝国ジェノヴァの力を示す様々な文化、それを引き継いだスペイン、カタルーニャの特別に強烈な感化など非常に多様で奥深い。アルゲーロはスペインだという感覚をサルデーニャの住民が今も抱いているのが理解できる。


珊瑚の博物館があったり、民族衣装や音楽、食べ物もここにしかないものだらけで、しかもすごく可愛かったり、超美味しかったりする。初めて行った時は、電車に乗りたいと言ったら、そこで待ってろと言われて草むらにレールしかない場所で待っていたら、本当に私を見て止まったくれた。ヒッチハイク列車だ!あまりに美味しいので二日続けて同じレストランでムール貝の山盛りを食べていたら、昨日もいただろと声をかけられて、いきなり一緒にご飯を食べた。面白いことだらけで、それ以来私は大のサルデーニャ(サルジーニャじゃない)ファンだ!



2017年7月25日火曜日

暑中お見舞い申し上げます!

皆様、暑中お見舞い申し上げます。

自然の暑さと不自然な寒さで今にも風邪ひきそうな日々をなんとか耐えている私ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?

なんてね。

指の腱鞘炎が長引いていてず〜っとブログが再開できていなくてすみません。
読んでくださっている方がいらっしゃるのにごめんなさい。ほんと早く治って欲しいけど、右手の親指だから、もーーーーーーーーーーッ!

夏の暑さを寒い本でしのいでください。

「死者のいる中世」小池寿子 著


ほんと暗くなれます。
真面目な研究書ですが、旅のエッセイ風なところもあります。



2017年7月13日木曜日

イタリア文化を知る無料イベント

無料のイベント
「ルッカを知る会」

http://www.city.kunitachi.tokyo.jp/shisei/unei/exchange/1499331393630.html

このところずっと腱鞘炎で書き込みしてないけどぜひ知らせたくて書きます。
次の日曜日、イタリアを日本に知らせた功労でイタリア政府から騎士の勲章も受けている文流会長西村氏がお話しします。無料だよ!申し込みの必要もなし!!

私は居るので、日時の合う人ぜひ来てね!                     

2017年5月18日木曜日

2017年5月16日火曜日

イタリアの街:Taormina

首都大学東京オープンユニヴァーシティの講座で【イタリアの街】をテーマに授業しています。

2回目はシチリアのタオルミーナでした。

タオルミーナは世界のリゾート観光地として知られた場所。輝く太陽、それを受けてキラキラ反射する海、白く照り返す岩肌を持つ土地にはうちわサボテンの巨大な草叢(?)、ところどころにある古い聖堂、可愛くていかにも美味しそうなレストランやカフェ、南欧らしい大胆な色の焼き物を売るお土産屋さんが目白押し・・・。新婚旅行にも大人気の観光地。歩くなら1時間で歩けてしまうほど小さいから、迷わないし安心できるので、みんな笑顔でくつろいでる。

自然美と古代のロマンを同時に堪能できるお手軽観光地として、シチリアでは圧倒的人気第1位。日本人はほとんど立ち寄るか一泊程度の人ばかり。



でも南イタリアのほとんどの街がそうであるように起源はめっちゃ古く長い歴史を持っている。から、歴史が好きな人なら、最低3日は居たい場所。世界一美しい(間違いない)古代劇場があり、夏には現在も上演されるし、古代ローマの社会を実感できる驚愕の遺跡。中世には壮大だったドメニコ会の修道院がセレブの超リッチなホテルに改装されながらも、ひっそりと壁や壁龕に当時の美術を残していたり、道にはノルマン王朝の王達の名がつけられている。

ただタオルミーナだけ行ってシチリアを知ったことには全くならない。全く異質の場所だから。シチリアの良さは別の場所で。観光地嫌いの私でも、納得させられるかな。


2017年5月15日月曜日

イタリアの街:Bassano del Grappa

首都大学東京オープンユニヴァーシティの講座では【イタリアの街】をテーマに授業しています。

1回目は北イタリアのバッサーノデルグラッパ

結構小さな、行きやすくはない街ですが、とても綺麗でまだ日本人にはそれほど知られていない穴場です。



メインは何と言っても橋で、アルプス以北からやって来る屈強な自転車部隊とかは、ほとんど空気、見晴らし抜群の橋周辺に固まってグラッパを飲んでいます。美術や文化に興味がなくても山好きとか田舎の小さな町歩き好きとかに十分楽しめる所。

ではあるんだけれど、やはり完璧文科系の私にとってはそれではものすごく勿体無い話です。なぜって外からは想像もできない、すごい数の収集物を誇る博物館や図書館がいくつもあって、カノーヴァのような超一流の芸術家の大コレクションを堪能できます。博物館ではフィレンツェや上野、システィーナのような芋洗状態とは正反対の、ほとんど独占状態なので心ゆくまで眺め、誰にも邪魔されずに写真を撮ったりできます。

河沿いには幾つか貴族の館を改造した博物館やカフェなどあり、澄み渡る空気や紫陽花の花が印象的です。聖堂はごく少ないので教会が苦手な人には気楽な街です。



聖フランチェスコ教会の回廊を利用した博物館と西欧1を争った印刷博物館、せっかくだから最後にグラッパ博物館で、本物のグラッパを試飲して、安全この上ない街を夕方遅くまでぶらぶらするのが良い感じ。
                                                                 

2017年5月13日土曜日

映画:リアリティー

http://www.festival-cannes.fr/jp/archives/ficheFilm/id/11255642/year/2012.html
題名:リアリティー 原題:Reality
監督:Matteo Garrone マッテーオ・ガッローネ
制作:イタリア・フランス 2012年

BMI(身長と体重から健康度を計る数字)がこれほど偏った映画は他に見たことが無い。私がスタイル抜群に錯覚してしまうほど物凄い肥満度の役者が数人どころか画面一杯に、最初から最後まで出てくる。それだけで大変暑い映画だ。
主役はChristopher Meloni(『OZ』『Low & Order』などの迫力満点の俳優)を一回りちっちゃくしてふざけたようなAniello Arenaという俳優で、とてもイタリア人らしい。というかナポリっぽいというべきか。角度によってはスタローンにも似てる。
テーマは欧米でよくあるリアリティー番組に着想を得たもの。このテレビ時代、テレビに出られれば何でもいいというのを良く表している。カンヌで話題の映画だが、ストーリー展開は単純明快で演技や映像表現も奇をてらった所が無い。唯一、これでもかというほど老若男女重量級の役者の群れが画面を印象づけているの。
今回のイタリア映画祭の特別上映作品(去年は「ローマ教皇の休日」)で高い評価を受けているようだが、リアルな表現と非現実的な話の対象が鮮烈で、イタリア映画らしいといえば、心の救いをキリスト教(カトリック)に求められるかどうかという点が上げられる。個人的にはまた見たいと思うような映画では無かった。


イタリア語学習者に:イタリア語の勉強にはかなりきつい。南イタリア文化研究という見方でどうぞ。ナポリ語をやっている人は絶対に見るべし。

2017年5月11日木曜日

本:ヨーロッパ中世末期の民衆運動

題名:ヨーロッパ中世末期の民衆運動
著者:M.モラ Ph.ヴォルフ 
翻訳:瀬原義生

サブタイトルに「青い爪、ジャック、そしてチオンピ」とあるように、ウィクリフ、フス、ロラード派などは大異端者と言う了解のもと、民衆革命(巻き込まれたと言うような受動的な意味ではなく)を題材にした研究。

宗教改革5百年の今年再読。14世紀前後に多発したチョンピ、ジャクリーなどの乱は歴史における重大なターニングポイントで研究や翻訳もそれなりにあるが、これは民衆の関わりに的を絞って北欧を除くヨーロッパを対象に記される。宗教改革や異端運動の一般知識の上に読むもので、決して入門書ではない。国別に上から目線(権力側の資料が主だから仕方がないが)で解説されてきた事とは違った視点で捉えられ、世界情勢が非常に不安定な現在再読の価値あり。オタク的な図像研究などよりよほど美術を理解する上でも重要と信じる。


2017年5月7日日曜日

本:シエナ 夢見るゴシック都市

題名:シエナ 夢見るゴシック都市
著者:池上俊一
出版:中公新書

イタリアや西洋美術に関して認知させるのに貢献されている著者だから、描きなれている。高級なシエナのガイドブックと言うのだろうか。歴史、美術、風俗、食について言及されている。一般向けにしたら大変詳細で論文的な内容があったと思えば、論文ではありえない感情的情緒的な表現と論述。思考形成に自然環境が及ぼす影響については、私も以前からそう思っていたので賛同したい。が、あまりにシエナを褒め称えていて、知らない人が読んだらシエナだけのことのように思うだろうが実は他都市にも当てはまると思われる部分は多くあった。

        写真はシエナ司教座(ドゥオーモ)の伽藍から写した身廊

   シエナの博物館はメディエヴァリスタの喫水の的。ピサーノの偉大さが肌で感じられる

*なんか、池上先生の本の内容と合わない写真になっちゃった。私はピサーノを愛してるので。マンジャの塔とか普通の綺麗な景色はいくらでもネット検索できるので他でよろしく。



2017年5月3日水曜日

イタリア(外国)人と知り合うには

ネットが一般的になって世界は本当に変わった。

ミラノから来た4人が帰ったばかり。家に到着するやいなや娘の着物(母のお古)写真(はっきり言ってめちゃくちゃだが)がアップされ拍手喝采されている。古くて捨てようと思っていた着物でこれだけ喜んでもらえるんだから、誰にでも国際交流できる。


ということで、イタリア語を勉強してるけど友達がいないとか使う機会がないとか、そういう人のためにも書いてみる。

✊ 絶対最小限の言語は必要。
言葉が分からなくても友達になれるという人は、友達のレベルがすごく低い人。

基本文法と二千単語をまず目指して(そのぐらいはやる気になれば数ヶ月でできる)なれてきたかな〜と思ったら

1)その国へ旅する。
当然ツアーでなく個人旅行
意味なく「何時ですか?」とか「何がオススメですか?」とか聞いてみる

2)ネットの語学交流サイトへ登録する。
出会い系色が濃いとこと勉強色が濃いところがあるから気をつける
ちなみに私は今でもいくつか登録していてよく使う。
言葉の使い方やアクセントの位置、表現の自然さ、もっと重要なのは生活文化に関わる細々としたことで、そういったことは時代ですごく変化するし、ネットで大勢の人に聞くのが一番。

3)大使館や文化会館主催の交流イベントへ行ってみる
これは圧倒的に受け身だから主体にはならない。

そうやって友達の紹介で輪を広げていくと、この国際化社会、観光大国を目指す日本では割と簡単に交流できる。

注)イタリア人は日本男子と違ってすごくちやほやしてくれるので、女子はすぐ勘違いしてしまう。それが元で危険な目や嫌な目に合わないよう、気をつけましょう。