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2018年1月29日月曜日

プーリア:チェッラーテの聖母マリア聖堂

行く場所が決定したので、ホッとしたのも束の間、電車や宿など調べ始めました。移動はま、いいとして宿の問題があるので、参加希望の人はできるだけ早く、お知らせください。「いつまでですか?」て聞かれるけれど、後でも場所があればいいけど、部屋が取れない可能性もあるし(私の場合大きい)、手間がかかるし、なんでも早割だから絶対高くなるので、行こうと思ってる人は是非早く連絡してね。


Santa Maria di Cerrate

今日紹介するのは、イタリアのロマネスク聖堂ではちょっとは知られた聖堂です。12世紀初頭にベネディクト会の修道院が建立され、時代と共に、聖堂というより地域の集会所とか共同作業所というか、なんでもやっていい場所のようになり、しまいには勝手に農民が住み着いたりしていたところを、1960年代にプーリア州が頑張って文化遺産の保存に乗り出し、今に至るサンタ・マリア・ディ・チェッラーテです。流石長い間農民が住んでいただけあり、周囲はオリーブの木以外なーーーーーーーーーーーーーーーーんにも無い所にあります。


オリーブ畑がやっと終わったところへ、今度はサボテンが待ち構えています。州は、流石にこの聖堂だけ修復しても誰も行かないだろうと思ったらしく、民衆文化博物館のようなものも併設しています。かつては僧たちが「祈り働け」だった所に、機織り機や、食堂、いろんな器具なんかが並べられています。


この手の博物館にしては、なかなか大々的で、その上、聖堂修復時に剥がしたフレスコなども展示してあります。


やー、フランス系のロマネスク全開の可愛い柱頭です。正直言って、私はこの手のものをなんでもフランス由来だというのに抵抗がありますが、確かにブルゴーニュ辺りにはこう言った雰囲気の作品が見受けられます。


最も、ある種の人々の興味を買っているのが、聖堂全体に描かれていたはずのフレスコです。これは疑いようがなくギリシャ由来で、ギリシャ系というよりギリシャ者人画家によると言っていいと思われる、正統派の描き方です。フレスコはいくつかの時代のものが残っていて、ギリシャ人画家による質の高い絵の他に、素人臭いゴシックがかった受胎告知などなど、絵の好きな人には確かに興味深い聖堂です。


去年修復をしていたので、もし9月に私たちがいく頃終わっていれば、最高の状態で見られることになるでしょう。終わってなければ、ものすごく辺鄙な所ですから、外します。


片方だけについた、回廊のようになったロッジャが美しく、中庭にある井戸や周辺の景色が色鮮やかに見えます。


近隣には、小さな可愛い聖堂跡も見られます。これ本当に聖堂だったのでしょうか?子供の教会みたいで、絵本に出てきそうな雰囲気です。余裕があったら尋ねましょう。オリーブ畑がどんなものかも身に染みるでしょうし💜


2018年1月28日日曜日

2018年:イタリアの旅、旅先決定

今日、国立のリストランテで会合の結果、秋の旅先が決定しました。
リストランテ・ぺル・アモール・ディ・カリッシマは変な名だと思ってたら、話が聞けました。ノリが好きだとか・・・?名前は変ですが、お料理はやっぱり物凄く凝っていました。バルサミコのジェラートは印象的でした。お近くの人で、たくさん食べたくはないけど、お料理が楽しみたい人は是非行ってみて😋

 Molise

さて旅先ですが、プーリアを中心にモリーゼも行っちゃおうということで決定!ナポリとモンテカッシーノは無しになりました。ナポリは自力でも行けるそうです。当初イメージしてたイタリアに7日間よりも長く行けそうなので10〜11日でモリーゼの幾つかとプーリアを堪能します。


モリーゼとプーリア州の地図です。バーリとブリンディシに空港があるので、成田から一回乗り換えでどっちかへ降りて、基本はアドリア海沿いに巡ることになるでしょう。これから具体的な街や宿泊など、あとは私が決めます。実際に行ったことがないと、どのくらい時間が必要かとか分からないし、列車の具合なんかも把握してるし、何と言っても聖堂は任せてほしい👻


Monopoli

写真はプーリアのモノーポリの洞窟聖堂。この周囲には24の洞窟聖堂(地下聖堂)が近年発見されていて、その内22の聖堂にフレスコが残っているそうです。しかもギリシャ系の内容の濃いものだとか。私は行ったことがないので行ってみたいです。なんで行ったことがないかと言うと、モノーポリは、海岸がイタリア人に大人気で、ひたすらヴァカンスイメージが強かったからです。地下聖堂の記事を読んでいるところにも「海岸好きじゃない人にも朗報」みたいな感じで紹介されてました💖

これからはプーリアとモリーゼのことを書いていきます。


2018年1月26日金曜日

プーリア:街、聖堂、雰囲気などなど一気に紹介

プーリアは愛するイタリア中でも特に好きな場所です。フィレンツェ、ミラーノ、ローマのような大美術館や博物館は当然無いし、聖堂自体も、豊富と言うわけではありません。時代も割に限られています。街ではひったくりに常に気をつけねばならず、おちおち歩いてはいけないと、地元の人に言われもします。


Santa Croce, Lecce

ある時、空席の目立つバスに乗っていた時のこと、わざわざ私の隣に座る女性がいました。ま、そういうことはよくあることで、暇な中高年の女性が話しかけてくるので、相手を務めます。周囲の人は「あー、あの外人つかまっちゃったよ。」と思ってたりするのが手に取るように分かったりもします。それでも別に、大抵は問題なく、楽しく時間は過ぎます。でもビトントでは違いました。ギリシャ系の特別自治区に暮らすと言う、30才前後の彼女は、私の指輪や持ち物を「ベッラ!ベッラ!」と言って、欲しがるのです。貸してくれと言って聞かず、指にはめたら最後くれと言って、返そうとしません。取り返すのが大変でした。真昼間の平和なバスのリラックス・タイムが、戦いタイムになりました。世界には絶大な貧富の差があり、それはとても悲しいことです。古代から現在までその格差は絶えたことがありません。だから、いっそあげてしまおうかとも思ったのですが、そこであげると次から次と現れて対処できなくなるのを知っていたので、何も渡しませんでした。彼女は散々悪態をつきました。「ケチ!ケチ!こっちは貧乏なのよ」こちらも嫌な気持ちになります。プーリアはイタリアの中でも季節労働者や移住者の多い所で、こんな目にあうことさえあります。

それでもプーリアが好きなのはなぜでしょう。


San Valentino, Bitonto


Volto Santo, Bitonto

私の授業に出てくださっている方は、もうご存知のヴォルト・サントです。ビトントの司教座聖堂のルネッタにも、明確に刻まれています。巡礼のフランス街道は、かつてはカンタベリーからローマを繋ぐ巡礼路と言われてきました。私がビトントでこれを発見したのも、全くまぐれではありませんが、期待していたわけではありませんでした。なので、南イタリアにもフランス街道が伸びていることの証として、非常に嬉しく、自分の考えが間違っていなかったことを確認しました。一般向けではない話ですが、私は時空を超えた文化の継承と変遷に関心があります。ビトントの大聖堂は私にとって特別な聖堂です。


Bitonto


San Nicola, Bari

プーリアで最も重要なのは最初から書いているようにバーリです。バーリの守護聖人聖ニコラはサンタクロースの源です。世界でサンタクロースほど有名な人がいるでしょうか。子供から老人まで、多分世界中で知られています。その彼の御遺体はバーリの司教座聖堂にあります。現在も遺体を収めたクリプタには連日、信心深い人々が世界中から訪れて祈っています。フィレンツェやヴェネツィアの聖堂にはありえない、信仰の空気が満ちています。


もともと聖ニコラは東方の聖人で、ギリシャ正教でも絶大な人気を誇ります。現在バーリには正教の聖堂もありますが、これはカトリックの聖堂での式典です。日本だったらお雛様のようとでも言うのか、歴史の中で出来上がった聖職者の衣装と聖堂が、響き合っている様が美しい。


バーリの情報番組です。モリーゼで聖人が船に乗るのを紹介しましたが、船乗りの守護聖人は聖ニコラですし、こっちが本家本元です。聖ニコラの祭典は非常に賑やかに祝われ、日本では最近よく見られるライトアップなど、昔からイタリアでは行ってきました。もちろん昔は蝋燭で(ルッカではいまだに蝋燭でやりますが)、バーリは派手にイルミネーションを飾ります。


Teatro, Bari

バーリはプーリア州で最大の街で、司教座聖堂のある旧市街(やはり海に突き出した、迷路のような小道が印象的)とは別に、内側には近現代の建物が並ぶ新市街があります。高級品店が並ぶ道幅の広い通りや、若者向けの空間や飲食店街と、東京にいるのとさほど変わらない一面を持った場所もありますが、やはり扱っている商品のデザインなど全然違います。さらに、新旧市街の中間的な空間もあり、そこはノルマン王朝の要塞がある場所で、現在は博物館になっています。


Bari


Ruvo di Puglia

バーリ、ビトント、モルフェッタ、トラーニなどと違い、このルーヴォ・ディ・プーリアは私が行けていないところです。このいかにもノルマン・プーリア系のロマネスク聖堂は、今度プーリアへ行ったら絶対訪ねたい場所です。


Ostuni

オストゥーニは白い街と言われていて、プーリアの多くの建造物が黄味がかった白なのに対して、本当に白いのが特徴です。なだらかな丘の上に司教座聖堂があり、それを取り囲むように真っ白な壁で街が形成され、多少マテーラを思い出します。

旅:プーリアへの旅は、ナポリとは違った意味で気を引き締める必要があります。ナポリのように初めっから迫力があると、こちらも構えますが、プーリアは実に穏やかで自然は美しく、空気も素晴らしいのでの〜んびりしてしまって、気が緩んでしまうんです。バーリやレッチェは違うと思いますが、他のところは基本的に田舎です。時間を気にしない、おおらかな旅にしたいので、できれば端から端を旅するより、北からだんだん南下して、どこか素晴らしい眺望のある宿に連泊できたらいいかと思います。


モリーゼ:磐から生える鐘楼と崖っぷちのお城

モリーゼが紹介できることなんて滅多にないので、イタリア一細い道で栄誉に輝くこの地ですが、まともに景観も素晴らしいです。


Bagnoli del Trigno

どうです?爽快じゃないですか?こっちの側から見ると、お城の崖っぷち感が出ませんが、裏側から見ると、切り立った崖の上にあるのがよく分かります。いい感じなのは、お城だけじゃなく、対になるように右側に突き出した鐘楼も見えます。


右の部分の拡大です。なんだか岩から鐘楼が生えてるように作られています。根元が見えないのでどうなっているのか、近くで確認したいです。下方には聖堂が見えていますが、いったいどっちがファサードなのか、謎は深まります。


こうやって見ると、鐘楼は麓の街に向かっているのでしょう。私はイタリアに住んでいた頃、何度も引っ越したのですが鐘の音が聞こえる場所に住むのが好きでした。鐘の音で時間を確認するのだけれど、やはり街に似合った音というのもあると思います。ここでは鐘が一つだけだし、頭上から響いてくる感じで、共同体の結束が強まったと思われます。イタリアには有名な鐘主義(カンパニリズモ)という言葉がありますが、これは自分が属している地域の鐘の音が聞こえる範囲で物事を考える、というような意味で、強烈な郷土愛を、良くも悪くも表す言葉です。


San Silvestro

鐘楼の麓に見える聖堂、シルヴェストロの正面入り口の浮き彫りです。ロマネスクと古代の意匠が入り混じるような形で、素朴ながらも堂々として素人くさくはありません。



雪が似合いまくっています。聖堂は13世紀のロマネスクですが、地震に見舞われたため修復されています。内部はイタリアらしい梁の天井で、磔刑像などもあります。でも何と言ってもこの聖堂のポイントは、ゆっくり曲がりくねりながら、とにかく登り、最後にやっとたどり着いた時の絶景ではないでしょうか。


Castello Sanfelice

お城へは、全く違った道を登ります。ここは近年力を入れて修復しているようで訪問可能らしいですが、中がどうなっているのか調べきれていません。


旅:モリーゼへ行くならここへは泊まってもいいと思っています。焦って歩くより、ゆっくり歩いて、景色や石畳を楽しみながら、夕日や朝日を見られたら、どれほど気持ちがいいでしょう。観光者なんて出会わないかもしれませんし、街の人にお店を紹介してもらって、人気の居酒屋へ行くのはどうでしょうか。モリーゼのイゼルニア地区には、他にも訪ねたい聖堂が幾つもあるし、モンテカッシーノへ繋がる道順なので。





2018年1月25日木曜日

モリーゼ:テルモリ;世界一細い道

やっぱりモリーゼが捨てられない私は、今日も地味な中世真っ只中の小さな街を紹介します。村とは書きません。村ではなく規模が小さいだけで、街だからです。村とは共同体の文化的な施設などが確認されない場所ですが、街には市庁舎、中心となる聖堂、劇場や市場などが揃っていますし、中世由来の街ならば要塞や城もあります。このテルモリはやっぱり街。ヨーロッパ標準時間の中心にあるので「標準時間」をイタリア語では「テルモリ時間」と言ったりする、海抜2メートルの街。とっても可愛いけれど。


Termoli

モリーゼ州は海に面した場所が多くはありませんが、テルモリはアドリア海に面した街です。プーリアのモルフェッタで見たように、ここも島状に突き出た部分が完全に中世の街だったと分かります。航空写真をよく見てください。海に面した部分だけ、丸く囲われたようになっていて、大陸部分は碁盤の目状になっています。古代ローマの街は、東西南北に直線の大通りを通して作られますが、中世の都市作りの基本は要塞都市で、真ん中に城をおき、厚い壁で街全体を覆い、壁や道は真っ直ぐではなく、曲がりくねった路地のようになっています。貧しさからだけでなく、防衛のためです。


テルモリにもイタリアの多くの街と同じように、紀元前から人が住んでいました。ネクロポリスの跡があります。でもランゴバルドとノルマン人がやって来て、多分大陸から追われた地元民は、海へ逃げたのです。ヴェネツィアのように。


今もノルマン人が9世紀に作り始め、ヴェネツィアの攻撃に対抗して、フリードリッヒ二世が13世紀に作らせた要塞の塔が、街の端にしっかりと建ち、電気設備が投入されて使用されています。


Santa Maria della Purificazione

現在は聖母に捧げられていますが、元は聖バッソに捧げられた大聖堂は、プーリア式の私が最も好きなタイプのロマネスク様式です。9〜10世紀に建設が始まった聖堂は、地震などを乗り越え改築されながらも、それほど極端な変化は被らずに現在に至っています。


San Basso

ファサードは、ロマネスク・アーチを複雑に重ねることで、白一色の聖堂に陰影のデザインを施す仕組みが美しく、アドリア海の透き通った空気と蒼空に映えます。写真は、街の守護聖人バッソを担ぎ出し、これから宗教行列を行うところです。



聖人が町中を行列するのは、カトリックのあちこちで見られる習慣ですが、この聖人は町中を行列するだけではありません。


現代の動力付き船に乗り込んだ聖人の船を取り囲むように、何台も漁船が出、収穫量を競います。赤銅色に日焼けした男たちの争いが終わると、街の人たちが勝者を祝います。


一時的に蘇った聖人も聖堂に帰り、クリプタ(地下礼拝堂)の御遺体へ戻ります。


これはクリプタから見つかった床モザイクの一部です。5〜6世紀に最初の聖堂が建てられました。その後10世紀以降に上の聖堂が建てられ始め、その時に新たな床で覆われてしまったので、最近まで知られないで来たのです。モザイクは1000年以前のもので、様式としてはオトラントにある有名なモザイクと似ています。赤、黒、白の三色で、地中海系の正しいデッサンは全く頭に無く、謎の動物などを描く方法です。ランゴバルドなどケルトとの繋がりを感じます。


なんの写真?これは「世界一細い道」というコンテスト(?)で栄冠を手にした、異常に細い道です。rejece'lleというのですが、ここだけでは無く街のあちこちにこういう道が通っています。

あの〜、そこ通らなくてもいいんじゃないでしょうか?と言いたくなるようなものが、あっちにもこっちにもあって、恋人たちには好都合らしく、二人でくっつきまくった結婚式の写真までありました。なんと33〜34センチ幅というのだから、行く前にダイエットする明確なモチベーションになります!


旧市街への入り口

ここは海と世界一細い路地と標準時間が自慢の街。
旅:テルモリへは、モリーゼに行くなら訪問したいと思います。




イタリア大使館シェフのお店で打ち合わせ

【2018年イタリア:美術と歴史の旅】
初めての重要な集まりについて、お知らせします。

重要なというのは、行く先を決定するから💚

Amalfi

日時:1月28日(日)11:30〜14:30
場所:Ristrante per Amore di Carissima(リストランテ・ペル・アモーレ・ディ・カリッシマ)

初回の打ち合わせの場所は、南イタリアに合わせてピッツェリーアでやろうと思ってたんだけど、折角わざわざ国立まで来てもらうんだから、ちょっと良い所を予約しました。

http://www.ristorante-carissima.com/

イタリア大使館でシェフをやってた人のお店で、本格的です。家庭料理の正反対。夜は気合いがいるけれど(やっぱり美味しい)ランチは予約しないと入れないお店です。メニューはコースのみで、予約分だけ仕入れるので当日気軽に変更とかできません。経済的に、たくさん食べたい人には絶対向かないお店です。参加者で、食物アレルギーがあるとか鴨肉がダメな人は早めにお知らせください。

注意💟
私に直接口頭で参加の意を伝えてくださった方も必ずメールください。メールのやり取り(ラインでもいいけど)がスムーズにできない人は、後々問題があるので、私の旅の場合はネット環境が絶対です。申し訳ないけど、旅が決定した後も即連絡取れるかどうかが重要なのでご理解お願いします。

2018年1月23日火曜日

2018年秋:イタリア:美術と歴史の旅:選択

庭は雪深く、真っ白で綺麗だけどこれから出かけることを思うと辛い今日、東京の大雪は苦しいよね。昨日、1時間くらい歩きながら、よく知った道がどこだか分からなくなりそうで、凍死する人の気持が1億万分の一くらいわかりました。

さて2018年秋(9月)イタリア美術と歴史の旅の集まりも迫ってきたところで、最終選択をさらに絞りました。

案1:カンパーニア(ナポリ、アマルフィなど大芸術の旅)
案2:プーリア(アドリア海沿いのロマネスクを巡る旅)
案3:バジリカータ+プーリア(洞窟住居と大都市)
案4:モリーゼ+モンテカッシーノ(未知の村と劇的なベネディクト会総本山)

からさらに3のバジリカータ+プーリアを無くします。




プーリアの洞窟レストラン

1:カンパーニア:ナポリの大芸術と古代
2:プーリア:海と壮大なロマネスク聖堂
3:モリーゼ+モンテカッシーノ:前人未到の村の小ロマネスク聖堂と西洋修道制の総本山

もちろん私が提案するんだけど、一緒に考えるのも、お任せの旅とは全く違った楽しみがあるでしょ?バスツアーなんかどこ走ってるんだか分からなくて、地図も思い浮かべられない人が大勢いるけど、私のツアーはみんな地図と格闘して、訪ねる場所もよく考えてから行くから、帰ってからの記憶も全然違います。みんな頑張れー!最終人数確認をしてレストランを決めるから、まだメールくれてない人、かなり前にメールくれた人は今週中(来週中って間違えてたのでよろしく。28日だよ)に最後の返事をください。よろしく💟

2018年1月22日月曜日

カンパーニア:パエストゥム、ポセイドンの街

ナポリからポンペイ、サレルノ、アマルフィをすっ飛ばしてパエストゥムを紹介します。


Tuffatore

このフレスコは1968年にネクロポリスから信じ難い状態の良さで発見されたものです。フレスコ好きには喫水の作品で、私はまだ実物を見たことがありません。両親さえ見ているというのに、恥ずかし〜よー!本格的な美術書なら、どこにだって載っている超有名な作品です。物凄く観たいですっ!何年もず〜と前から見たかったのに、私は中世以降の芸術とフランチージェナ巡礼街道を主にあちこち回って居た関係上、カンパーニアにはあまり時間をかけていません。ということで今年は絶対に見たいです。


Tempio di Cerere

パエストゥムなんてイタリア語をやっていればすぐ分かるように、イタ語でなくラテン語です。でも元々はギリシャ語でポセイドニアといいました。ギリシャ神話の海神で、よくハリウッドでも活躍します。結構ゼウスに対抗して悪者だったりします。ここはギリシャ神殿が素晴らしい状態で残されていることで、世界有数の場所。ギリシャでは破壊が進んでしまったのでこっちの方が素晴らしい、という人もいるくらいです。何しろ神殿は一つでなく、三つも残っていて、これはシチリアのアグリジェントより凄いことです。シチリアにはセジェスタとかセリヌンテなど、完璧な形で残っている神殿がありますが、ここは街が想像できるくらい固まってあるだけでなく、最初に書いた、非常に貴重な絵画を所有する博物館があることで、頭一つ抜けています。


最初の「飛込み人」が最も人気があり、珍しい内容ですが、他にも楽しいのがまだまだあります。

男同士で、食事用ベッドに横になりいちゃついています。ラケットみたいに見えるのは楽器で、空になった杯を持ち上げ「お〜い、お酒ーっ」て人もいます。みんな上半身裸で月桂冠をかぶっています。月桂冠って、子供の頃から興味を持っていました。私はアクセサリー好きなので、装飾品も観るのは好きです。でも裸で月桂冠っていうのは、オリンピックを想像しないでしょうか。ところが宴会のシーンです。近年修復され、すっかり色が明るくなりました。これが宴会の場面なのは疑いようがありませんが、飛び込む人については、なんだか分かっていません。


これは組み立てたところ。石棺の内側に絵が描いてあるのです。この石棺に眠っていた人はどんな人だったのか、めっちゃ明るい人だったらしく、ひたすら楽しそうな絵が魅力です。今、気が付いた。飛び込み競技を宴会しながら楽しんでるんですね。飛び込みの場面だけ枠取りがあるし、きっとそうだ。眠っていた本人は、見ていた方か飛び込んでる方か。熱狂的なファンだってこともありえます。


こっちの方がどんなものか伝わりやすいですね。家の形をしていて、女性だからかとか想像しますが、男でも家形はあります。屋根の部分が無くなっていますが、ここに眠っていた人は動物好きな優しい人だったらしく猫が、足元で心配そうにしていて、馬や鳥も描かれています。お化粧もきちんとしているようです。



最後にもう一個だけ、この絵なんか、物凄くシュールというか、現代の大人の絵本みたいな感じです。三途の川を渡ろうとしているのでしょうか。カロンなのか悪魔的な天使が最高です。牛の毛の柄も勢いがあります。

この他にも面白いフレスコがたくさんあって、上手だなーふ〜んって言いたくなる、ギリシャの壺絵が並んでいるのとは随分と趣きが違います。もちろん彫刻や浮き彫り、いろんな展示物が丁寧な説明付きで見られるそうです。


古典ギリシャは西洋文明の原点として、世界史に輝いています。中でもヴィーナスやサモトラケのニケなど絶対的に美しく、特に美術に関しては文句のつけようがありません。ですが古典ギリシャの絵画というと全く残っていないので、この紀元前5世紀に描かれた、誰かのとても愉快なお墓の絵は、パエストゥムの名を世界的なものにしているのです。

旅について:私は考古学は苦手で、一般的なことしか知りません。だからパエストゥムにもまだ行ってなし、泊まろうとも思ってないけど、アマルフィにでも一泊して両方見ちゃえばいいかなーとか考え中。