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2018年8月2日木曜日

2018年9月イタリアの旅9日目:サン・ヴィンチェンツォ・アル・ヴォルトゥルノ、イゼルニア

最後の宿はカンポバッソから1時間弱のイゼルニアです。バスは一日3本。電車は8時半の次の12:32が良いのではないかと思っています。13:27イゼルニア着。この宿は歴史中央地区ではありません。翌日私以外、帰国に向けローマへ発つので、駅の近くで動きやすい方がいいと思ったので。ローマまで2時間強です。

Campobasso

ということは午前中カンポバッソでぐるぐるできるので神秘博物館へ行って見たいです。

Museo dei Misteri

https://www.misterietradizioni.com/misteri/
先にも書きましたが、ミステーリとはミステリーと語源は同じですがちょっと違います。ここでは人間山車のことを指すようです。サイトにはそれぞれの聖人の解説、山車にかかる人数、高さなどが写真付きでたくさん載っています。小さな村でこんなに盛り上がっていたら、子供時代の良い思い出ではないでしょうか。

残った時間はお買い物もかねて、町歩き。エルボリステリーア(薬草化粧品薬屋さん)はあの小さな街に6軒もあるしね。ランチも買って行きましょう。

Isernia

私達がお昼に着く、イゼルニアは街に歴史がある割には、市内に残っているものがありません。ですが周囲には結構モリーゼ1、2を争う有名な場所があります。

駅前の大通り角にあるマンションで一泊住民

一般的な観光地としてはほとんど知られていないでしょうけど。
サン・ヴィンチェンツォ・アル・ヴォルトゥルノは、中世美術を勉強し始めた初期に知りました。それほど有名なところです。なので18時まで空いていますからすぐ向かいます。

San Vincenzo al Volturno

https://www.youtube.com/watch?v=4F7J_lOwU-k
上空から見た綺麗な映像です。

http://www.telemolise.com/view.php?idfilmato=88798520113042018090638&tipo=tg
ここは初期ヨーロッパにおける最も重要な聖地であったと、聖職者、イギリス人研究者などが説明したイベント。英語圏の人のイタリア語。大変ゆっくりだから勉強してる人にはいい聞き取り練習になるかも。

Annunciazione

これに感動できるのはマニアかもしれませんが、聖地の持ってる力というものがありますし、とにかく20世紀に農民が偶然発見した地下聖堂には、西洋美術や中世史に関心のある人喫水の9世紀のフレスコがあります。

次はイゼルニアを南下し大天使の洞窟サンタンジェロ・イン・グロッテヘ

Sant'angelo in Grotte

「洞窟の中の大天使」という町の名前。日本ももっと面白い名前を残せばいいのに、といつも思う。なんでも新町とか緑台とかつまんないし歴史も文化も何もない。


ここから入ります。今回の旅は洞窟の旅ですが、ここは外からは想像もつきませんが、最もフレスコが堪能できる場所です。

Cripta

お〜!かわいいよーっ。結構一面に残っています。絶対上手いとは言えないのですが、ルネサンスが来る前の人々の、画面における空間認識がよく分かります。この絵からすると今からは想像もできないほど、栄えていたようです。



近くには観光地として一般的に大人気の「苦しみの聖母聖所」があります。

Santuario di Santissimo della Addorolata

「苦しみの聖母」というのは、キリスト教美術では胸に剣を七つも突き刺した恐ろしい図像なのですが、裏腹に明るく華やかな聖所です。ここへの道筋には「十字架の道行き」という、イエスが磔刑に着くまでの受難を表現した14の祠(ここでは祠はなく、現代彫刻)があります。もう夕方でしょうから上のイメージでしょうか。今回のプーリアとモリーゼの旅は、中世そのものの旅でした。メインにはルネサンスや近代のものが一つもありませんから、最後の最後に有名なゴシック・リヴァイヴァルの聖堂で閉めてもいいかもしれません。


それともこんな新しい(1888年に起こった奇跡が元で1890年に着工。普通の人にとっては1890年だって128年前で古いかもしれないけど、14世紀とか12世紀とかやってると9世紀ぐらいが古い!って感じです。考古学の人からすると、あったらし〜ってなりますよね。)聖堂は行かなくていい、イゼルニアへ帰ろう。まだお店も開いてるかもしれないから最後のお買い物だっと言うのもありかもね。

イゼルニアのエレガントな場所の一つ

とにかく最後は絶対歴史中央地区のいいレストランでお食事に決まり。

Torcinelli

予約しないと入れない「かつての氷工場」というレストランや、モリーゼ郷土料理などもたくさん見つけたよ。どれも田舎の貧しい料理から発展した感じだけど美味しそう🍷今回の旅をみんなで振り返りながら夜をゆっくり過ごしたい。だって帰ったら荷造りの戦いが待ってるでしょ!

2018年9月イタリアの旅8日目:モリーゼの過激に可愛いロマネスク聖堂巡り

おはよー!昨日は山頂まで頑張った!
カンポバッソの山の麓のアパートで自分の家に居るみたいに起きます。アパートのいいところ。知らない人は誰もいないし、台所や、何より幾部屋もあるのがホテルと違う。私はリビングやテラスが好きだから。

9月18日

San Giorgio, Petrella Tifernina

今日はモリーゼの歴史美術の研究者フランコ・ヴァレンテ教授、自らが車を出して案内してくださいます😍!9時にアパートの前に迎えに来ると連絡がありました。彼のガイドで辺境の聖堂巡りをします。プーリア以上にモリーゼは車が無いのが死活問題で、車を出してもらいます。トスカーナとかだとチャータータクシー(一日中あちこち連れてってくれる)の会社があるけれど、結局散々探したけど全然見つからなくて、個人のツテを頼ります。順番はこれからですが今日絶対回るところから紹介します。

Matrice 

美術が好きなら同意してくれる人も多いと思うけど、白黒写真の方が綺麗な場合ってありますよね。映画もそうだけど。だいたい今のやたら詳細な映像で見られさえすればそれでいいって言う考えは、どうかしてる。今だって十分に綺麗なんだから、あとは足りない内容を考えよって!テレビだろうがインスタだろうが、全てにおいてそう思う、常日頃。

で、マトリーチェはカンポバッソから、そう遠くはないんだけど、聖堂は「道の聖母」というだけあって、なーんにもないところにポッツーンと建っています。

Santa Maria della Strada

見所は、自由でおおらかな浅浮き彫り。この辺のロンゴバルド・ロマネスクで、質素な白い石にできる影も美しい。


Petrella Tifernina

マトリーチェの他に、18日に絶対訪問する二つの聖堂があります。一つはペトレッラ・ティフェルニーナ(写真)にある聖ゲオルギウス(ジョルジョ)です。

San Giorgio

このファサードもいい感じですが、何と言ってもここは、この聖堂ほど破天荒はないよって言うぐらい、ロマネスク自由パワーが炸裂した浮き彫り彫刻が見もの。

一体何がどうしたのか謎な場面

イソップ物語を思い出だす動物が可愛いけどキリスト教との関わりは不明

http://www.medioevo.org/artemedievale/Pages/Molise/Petrella.html

イタリア語がわからなくても写真がたくさんあるサイトです。

ロンゴバルド人に、ローマ人やギリシャ文化の人々が恐れおののいたのが分かります。洗練された都会の文化人には、考えもつかない野蛮人だった彼らの美術は、まるで子供のお絵かきのようです。こういう美術に触れる度に不思議に思うのは、この人たちは町で一番腕のいい職人だったのだろうか?たまたま下手な人のが残っちゃったのか?でも聖母に捧げられた聖堂は、建築自体はしっかりしているし、幾何学文様部分はそれなりに構図に収まっています。謎は深まるばかりですが、今回はこれらの美術を専門に研究している教授が案内してくれるそうなのでお話が楽しみです。日本では絶対入手不可能な分厚い研究書も下さるそうで、重いけど大切に持って帰ります。


リンクは両方とも説明して下さるヴァレンテ教授のサイト。彼のサイトの表紙にもここの浮き彫りが使われています。

ペトレッラティフェルニーナの目玉は何と言っても先に挙げた浮き彫りですが、フレスコや木彫像などもあります。もひとつおまけにモリーゼには騎士団伝説があり、現在はトリノにある聖骸布や、聖杯伝説も以前はここに隠されていた!ということを主張する人々がいて、最近は観光目当てか県をあげてイベントにもなっています。

Pietracupa

ピエトラクーパもモリーゼに行きたいと思った理由の一つとなった場所。トリップアドヴァイザーは一応参考にするんだけど、いつも満点近い評価の洞穴聖堂があります。

Sant' Antonio Abate

この聖堂が大天使の洞窟と違うのは、下に降りるんじゃなくて登るところ。切り立った岩をくりぬいて作られています。実は結構広くて、これ以外にもいくつも部屋があり、現在も使われています。とにかく今日も登りまくり。東京にいる時とは大違いの運動量!(ピエトラクーパについても以前にもサイトで紹介しているから見てね。写真も違うし)

Campobasso

多分この三つを回って休憩と食事を挟んだら、1日は一杯だから、カンポバッソへ。
19日はいよいよ旅の実質最後の日です。早めに帰ってゆっくり、とかいうのがいいのか、思いっきり夜まで街をぶらつく方がいいかはその時の元気次第で。




2018年8月1日水曜日

2018年9月イタリアの旅7日目:カンポバッソ(低い土地)で天に昇る

一体どれだけ苦労して、バスや列車や車を探していることか!サイトを探し、幾つもメールを送り、中世愛好家のグループに書き込み、やりとりして目が真っ赤になっちゃう!!

9月17日の後半

Torre di San Bartolomeo Campobasso

聖地大天使の山モンテサンタンジェロからカンポバッソへは、どうしても14:40分以前には無理。バスが10:10の前は6時代!一日1〜5本のバスがあれば良い方です。タクシーで万(円)出せば来られるけど、それは明日にとっておきます。バス停から歴史中央地区へのバスはたくさんある(ほんとかな?)そうなので、とにかく歴史中央地区の山の麓の宿へ。バス停から宿まで1キロだと言うから、私なら歩いても良いかなって感じ。二泊します。

Campobasso

9月の景色じゃないけど、この山の麓の道沿いです。盛り上がるー😍 荷物を置いたらできるだけ早く、カンポバッソを歩き倒しにかかります!

San Leonardo

山の頂上を目指して歩く道沿いで最初に出会うのが聖レオナルド聖堂です。全く無名だけど良い感じだよーっ!!素晴らしい!小さなロマネスク聖堂に、必死に施された浮き彫りはいつも感動的です。でも、ここのはなかなかプロっぽく、よくあるヘタッピーながら力強いと言うのとは違うようです。

それから、市庁舎や博物館が二つあります。一つはサムニウム人博物館で考古学かな。ブロンズ像、陶器、武器や装飾品の断片などありますが、時間がないので通過。もう一つは絵画館でこれも通過。いよいよ坂道へ差し掛かると、カンポバッソの写真によく使われる聖バルトロマイがあります。と言っても聖堂の塔が写ったもの(トップの写真)

聖バルトロマイ聖堂から見下ろす塔の跡

Lunetta di San Bartolomeo

これも大好きなロマネスク。ランゴバルドっぽい下手さ加減と自由さが多少見て取れます。時間的に中に入れる事を祈って。見学したら坂道を登り続けます。どんどんどんどん・・正直言って地図では道が見えないのですが、道の名から山頂への道に繋がってるはず。そこにはまたまたシンプルこの上ない聖ゲオルギウス(ジョルジョ)が。今までと同じくルネッタには犠牲の子羊の象徴の浮き彫りがあります。


San Giorgio

これを過ぎると周囲は緑に囲われていよいよ小さな山と言うか丘です。頂上にあるのは「山の聖母」聖堂。

Santa Maria del Monte

もう街がすっかり見下ろせます。絶対息は切れてると思うけどそこは感動で乗り切ります。この聖堂は街にとってとても大切な聖堂で、有名な宗教行列もここが終点。

Processione del Mistero

カンポバッソは神秘博物館(Museo dei Misteri)と言うのがあって、宗教行列の時に使う山車のようなものが陳列されています。時間があったら行きたいよー。キリスト教の様々な聖日に山車を担いで行列するのは、どこにも見られる伝統ですが、カンポバッソではコスプレってとこが凄い。写真は聖レオナルドと彼の昇天を助ける天使たち。子供達、浮かんでいます。担いでいるお兄さんたち(イタリアでは40才でも50でもラガッツォ=少年と言う。)の親戚やお子様たちでしょうか。嬉しそうです。

Castello Monforte

聖堂まで登ったら要塞は目の前です。やりました!ついに頂上を極めました。2枚目の写真の一番上にいます!!うお〜〜〜〜~っ!気持ち良いよーーーーーーーーーーーーっ!!!

ここまできたらかなり疲れているはずなので、一息入れたいところですが、カフェはあるのでしょうか???絶景ポイントの公園だからきっとどこかにあるさって事で。7時半まで空いているので、もちろんお城に入ります。

モンフォルテ城と聖堂入り口の記念コイン

封建領主モンフォルテになった気分で街を見ろし、すっかり満喫したらゆっくり降りてきます。


夕方の街並みも絵のようです。できれば外で夕食にしましょう。経済、環境問題、世界遺産登録やら、街やモリーゼのことを色々聞きたいから街の食堂へ入りたい。日本人は珍しいに決まってるから、相手してくれるでしょう。


2018年7月31日火曜日

2018年9月イタリアの旅7日目:聖人の町サン・ジョヴァンニ・ロトンド、カンポバッソ

9月17日

どの町も去り難いですがモンテサンタンジェロにも早くも別れを告げねばなりません。ここからモリーゼの首都カンポバッソへも簡単には行けないからです。バスで45分、サン・ジョヴァンニ・ロトンドへ着きます。現代の聖人で圧倒的な人気を誇る聖ピウス(イタリアでは専らパードレ・ピオ)が建立した病人(苦しむ者たち)のための施設で世界中に知られた、現代の巡礼地です。1968年9月23日に天国へ行かれた聖人の祝日が近いため、街は賑わっていることでしょう。町は「丸い洗礼堂」という名で、洗礼者ヨハネの円形の建物があったことに由来し、中世起源の町です。

パードレ・ピオをお参りする人々

パードレ・ピオをお参りするフランシスコ教皇

パードレ・ピオはフランチェスコ会士だったのでフランチェスコ修道士の一団もお参り

前日にホテルで調べ直しますが、バスの本数は限られるため、午前中にモンテサンタンジェロを出発します。10:10に出発すると55分にサン・ジョヴァンニ・ロトンドへ。1時間半ほどこの町で過ごしますが、鞄があるので昼食ぐらいでしょう。12:35にカンポバッソ行きへ乗ると14:40に着きます。

Campobasso centro storico

いよいよ前人未到(私が唯一残したイタリアで足を踏み入れていない州)のモリーゼにやって来ました。もちろん宿は歴史中央地区の伝統的なアパートです。珍しいほどオーナーの熱い書き込みが目立った、旅人をもてなす用意のある所みたい。もちろん評価は9点以上。モリーゼに関しては本当に情報が少なくて、車も手配が大変で、まだ詳細が決められません。写真の頂上のお城まで登りたいとは思いますが、みんな元気を保っているか?

Museo Castello di Pandone

モリーゼでは車を使って離れた場所へ移動し小さなロマネスク聖堂を尋ねます。時間など詳細を調べてからまたアップします。とにかく今回の旅も、いよいよ大詰め(大詰めが地味というのも渋い)、やっとモリーゼにたどり着きました。

2018年7月30日月曜日

2018年9月イタリアの旅6日目:シポント、マンフレドーニアそしてモンテサンタンジェロ(更新)

9月16日(日曜日)

海沿いの家のオーナーのお父さんが車で迎えに来てくれます💙 ジョヴィナッツォからモンテサンタンジェロへの移動は、今までのように楽ではありません。電車でフォッジャに着き、ローカル電車でマンフレドーニアまで行き、そこからバスというのが公共の乗り物で移動した場合ですが、安くつくけど4時間以上かかります。以前一人でモンテサンタンジェロへ来た時には、フォッジャに居たのでこの方法でした。でも今回は人数で割ることができるので車を予約します。8:43(10:41)ジョヴィナッツォ発の電車で9:57(12:00)ににフォッジャに着きます。フォッジャは思い出の詰まりまくった場所ですが、今回は乗り換えだけ。11:05(13:05)フォッジャ発の当然路ローカルでマンフレドニアに11:45(13:38)着。

この1時間にフォッジャ駅周辺でお昼か買って電車で食べる。超ローカルだから遠足気分です。マンフレドーニアに着いてからは交渉次第ですが、近くのシポントの二つの有名なロマネスク聖堂に寄り道しながら、モンテサンタンジェロまで車をチャーターします。

San Leonardo di Siponto

聖レオナルドは11〜12世紀に建造された、浮き彫りが名高い聖堂です。以前私がタクシーを呼んだら、結婚式の準備(白いリボンやブーケで飾り立てたタクシー)そのままで迎えに来てくれた思い出の場所でもあります。もう一つの聖母マリアは11世紀のビザンチンロマネスクが印象的な小さな聖堂です。

Santa maria di Siponto

二つともロマネスク愛好家の世界では有名な珠玉の聖堂ですが、本当に小さな聖堂でポツンと孤立しいるので、聖なる巡礼者でも無い限り車で行くしか道はありません。だからマンフレドーニアから寄り道して、モンテサンタンジェロに行くには、どのくらい時間と経費がかかるか交渉しようと思います。

Manfredonia

ちなみにマンフレドーニアの名の元になったマンフレディはイタリア・ノルマン王朝の末裔で騎士道精神そのままに派手に散った英雄です。フリードリッヒ二世の婚外子(大抵嫡子より有能なのはなぜか?)で、1266年のベネヴェントの戦いで、シャルル・ダンジューに敗北し、南イタリアの覇権をフランスが握る発端となりました。元はと言えば、南イタリアで強力になり過ぎたノルマン(ホーエンシュタウフェン朝)勢力を挫くための教皇クレメンス4世の政策でした。アンジュー(ダンジューとはアンジュー家の、という意味)家は、街の名をシポントゥム・ノヴェッルム(新シポント)と変えてマンフレーディの影を消そうとしましたが無理で、現在も街にはマンフレーディの像が立っています。も一つ因みに、シポントはトロイア戦争の英雄が起源となる超由緒正しい場所なのです。

日曜日はキリスト教の国では休みが当たり前です。聖書に書いてあります。ところが最も信仰熱き大天使の山は、一年中開けてくださいます。有難や。ということで大天使の山は中世初期から、大巡礼の町、ノルマン人たちが詣でた最強の巡礼地へ車で行かせていただきます。

Monte Sant'Angelo comuneの頁から

Palace Hotel San Michele

じゃ〜ん💚私たちが泊まる宿だよ〜ん。信仰どこ吹く風で、車で町一番の豪華なホテルへ。しかもスイート💛プライベートビーチ、室内プール、スパ、サウナ、エステは当然、映画やパーティ会場もある本格ホテル。レストランはガラス張りで海へ突き出しています。こういうところへ泊まるときには、入る時に良い格好をしていきましょう。絶対そうすべきっ!汚い格好は失礼だし、馬鹿にされるし、良いことはないのでちょっと頑張る。勿論レセプションには大天使ミカエルの有名な像が置いてあります。が、気もそぞろでお部屋へ。私たちの部屋にはテラスがついていて、眼下にはアドリア海が、周囲は緑に覆われすっかり良い気分になって、夜中まで素晴らしい空気を満喫できます。

Santuario di San Michele

とんでもないバカンス気分の宿を出ると、目の前に、中世初期から大巡礼地となった源である、大天使の洞窟への入り口があります。体を覆ってないと入れないので、腕胸足など出すぎてないかチェック!と言っても、最も注意が必要なのは私自身ですが・・。髪の毛も覆わないとならないので、スカーフを持っていくのをお勧めします。持ってない人には雨具みたいなものを貸してくれるので、酷い格好で洞窟へ降りることになります。洞内はいくつかの部屋に分かれています。下り途中にある、キリストの受難道具などを眺めながら洞窟へ。ここは世界で初めて天使が出現した場所。フランスのモン・サン・ミシェルもこれに続く、大天使の巡礼地の一つに過ぎません。洞内では真剣にお祈りしている人の邪魔にならないように気をつけましょう。私も、言行不一致などを懺悔しつつお祈りします。

Castello

要塞は19時までやっているそうなので入ります。プーリア中にホーエンシュタウフェン家の要塞がありますが、これもフリードリッヒ二世が建て、その後アラゴン家によって改築されたもので、宝物館などもあります。壁の厚さや、厳しさがいかにも中世のお城です。

Sant'Antonio Abate

ここは非常に小さな街(?)ですが大巡礼地だっただけあって、20も教会があります。と言っても一般人が訪問可能なのは、限られた場所で、ほとんどの人は先に書いた、大天使の洞窟しか行きません。が、私は聖堂巡りが何より好きなので、壊れかけの12世紀の修道院長アントニウス聖堂にも入ります。

Santa Maria Maggiore

そして個人的には一番再訪したかった、聖ペテロ、救世主聖堂の遺跡です。この周辺はいくつもの聖堂や霊廟などが、固まってくっついてしまっている場所で、完全な形で残ってるいものはないのですが、浮き彫りや穹窿などが素晴らしく、とても感動しました。楽しみです。写真の聖堂は最もよく形を留めた部分です。

それらを回ったら暗くなるまで、町中歩きましょう。


どこも細い坂道で、なんとなくおとぎ話の中に入ったような不思議な空間です。食事はホテルのテラスかレストランで取りましょう。この幸せを噛み締めて・・