Craco
バジリカータもモリーゼに負けずに日本語資料が僅かしかありません。結局いつものようにイタリア語の資料で調べています。
バジリカータはマテーラがとても特徴があって魅力的なので、他はほとんど知られていませんが、南イタリアの海岸線はマグナグレキア(大ギリシャ)といい、古代ギリシャの植民都市だったので古代の遺物は豊富です。ギリシャ人が来るよりもっと前から人々が暮らしていたところです。
Metapontum
メタポントには古代遺跡が残っていて、当然博物館もあります。初めてイタリアへ行った時、コロッセーオを見ながら、生まれた時からこんなものが身近にあったら、考え方も変わるだろうな、と思ったのをはっきりと覚えています。ここで暮らす人もそうでしょう。こんなものを当たり前のように見て散歩する毎日は、東京の住宅地で暮らすのと全然違うと思わざるを得ない。イタリア留学時代、都会で暮らしたい、田舎は嫌だとペルージャにいた私はいつも思い、東京なら〜なのに、と思ったりしました。品物や情報量がまるで違うからです。今は当時とはネット環境がまるで違い、随分と情報も入手可能になったとはいえ、直に接するのと、ネットで知るのでは大きな差があります。
どこに住んでも完全に理想通りの生活なんてあり得ないし、万一できる人がいたとしても、極一部の人々で私には無関係だから、選ぶしかない。正直、イタリアで生活することもできたと思うけれど、当時は、イタリアで学んだことを生かし、日本で自分に何かできることがあるのではないかと大志を抱いて戻ってきました。私は後悔しない主義なので、ミジンコのようにちっちゃなことでも続けようと思っていますが、続けさせてくれる人のおかげだから、結局自分のためでもあります。とかなんとか、自分の話ばかりしましたが、古代遺跡を見ていると、自分とか、世界とか、大志とかそういった事を自然に考えてしまいます。上の写真、不思議な光景です。イオニア式の柱頭が、土台の上に、柱をすっ飛ばして乗せられています。でもこの変な展示の仕方のおかげで、実際に建っていたら、双眼鏡で見ないと見えないような、模様がはっきり見えます。
このドーリア式にいたっては頭の部分しかありませんが、大きさが手に取るようにわかるのが良いところです。建築に興味のある人や、世界史に興味のある人なら、作った人々の苦労が伝わり、彼らの気持ちを思って、雄大な気持ちになるでしょう。
劇場は古代文明を考える上で非常に重要なものです。だいたい、劇場なんて生きることに必要ないのに、古代都市に必ずあるということが、人間とは何か、文明とは何かを物語っています。写真の右側には、かなり広い遺跡空間が広がっています。私は古代には詳しくなく、通り一片の知識しかありません。だから中世のキリスト教文化を語る時のようには、話せませんが、そっちを話し出すと詳しすぎて止まらないので、風を感じながら古代遺跡に触れるのもたまにはいいかもしれません。
Craco
メタポントからすぐに、クラーコという中世にできた街(村?)がある。写真はそこにある14世紀のアラゴン家の要塞。どんだけ暗殺を恐れてたんだっていう、頑丈さが伝わってくる。びっくりするのは今は個人の所有で住んでるんだって!私も一度でいいからこんなとこに住んで見たいっ!かな?中世の城は、寒い、臭い、汚い、厳しいは当たり前だから、色々と改造して住んでるんだろうね。交渉したら見せてくれるかな。とか考えちゃう。この村には聖堂もあって、ヨーロッパの小さな中世の町って雰囲気をすごく持ってる。
いいでしょ?すごくないですか?クラーコの街の端っこです。ちなみに頭にあげた写真もクラーコです。遠方からかっこいい写真をお借りしました。
Maratea
このブラジルを真似したみたいな、解放者キリスト像はメタポントとは反対側のティレニア海に面した場所にあります。麓の小さな村がいい感じ。
旅について:バジリカータへは、私はマテーラしか行ったことがないし、マテーラも十分に見たって気はしてないから、いつか再訪したいと思ってました。もしバジリカータへ行くなら、プーリアの街と組み合わせたらいいかな。とか考え中。
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