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2018年7月29日日曜日

2018年9月イタリアの旅、5日目:トラーニ、ジョヴィナッツォ、モルフェッタ(更新)

9月15日

決まってなかった宿がジョヴィナッツォに決まった。最近ヨーロッパの各安航空が発着するようになって急成長したんだけど、まだまだ良い宿は少ないです。いったいにダブルベッドが圧倒的だし。

Molfetta cattedrale

というわけで、実は14日の夜はジョヴィナッツォへ泊まる。

Giovinazzo mattina

ジョヴィナッツォです。一見して分かる通り、街の構造はそっくりです。司教座聖堂も11世紀末から12世紀の、プーリア・ノルマン・ロマネスクです。

Giovinazzo vecchio

バーリも、モルフェッタも、ジョヴィナッツォも皆、旧市街が海に突き出し、市壁に囲まれています。ここにはそれが一番よく残っています。国鉄の隣駅なのですが、モルフェッタの宿は旧市街の外で少し駅寄り、要するに移動には便利だけどパッとしない場所です。それにひきかえ、ジョヴィナッツォの宿は海が荒れたら飲み込まれそうなほど(ちなみに地中海やアドリア海は大変穏やかです)海が目の前の一軒家で、家主のパパが車でお出迎えしてくれる親切さ!モルフェッタに良い宿のキャンセルが出なければここかなーなんて思ってます。

窓の外にすぐ海が見える。壁も良い

ジョヴィナッツォに私たちは、2泊します。最初の日はトラーニへ出かけましょう。どっちにしろ駅まで10〜15分程度です。で列車で18分でトラーニです。

Trani

トラーニの大聖堂はロマネスク聖堂の中でも一二を誇る魅力的な聖堂と言われていますが、一つはその立地にあります。これほど海に突き出した聖堂はないでしょう。この街もまた、旧市街は海の先端にあり囲われていました。駅からは新市街を通過して、まっすぐこの聖堂を目指します。
Porta di Cattedrale Trani

私が今回トラーニにぜひ行きたいと思ったのは、ここ何年もかけて行われていた大修復が去年終わり、今は最高の状態で見られるからです。写真は、超ロマネスクの彫刻が目一杯施された入り口です。この旅には一人、高所恐怖症がいますが、何が何でも塔に登りましょう。ここまで来て登らないなんてありえません!絶景です。


トラーニではひたすらここが目的なので午前中いっぱい時間をかけゆっくり堪能し、道沿いにある聖堂など覗きながら(といっても大して無い)駅に向かいます。

トラーニからモルフェッタへ移動します。13分。昼の時間帯も1時間に3本くらいあるから、トラーニも街も結構見られます。

恐ろしいことになっています!モルフェッタの和食屋さん!

絶対これは無いなっ!プーリアはイタリア1食材の宝庫なんだから、伝統食に決まっています。モルフェッタ伝統菓子は素朴で見るからに美味しそうな焼き菓子がいっぱい!見たかったらMolfetta Passatoで検索して見て!

美味そーだよーっ!だから太るんだ。分かってるけどジョヴィナッツォの海の幸盛り合わせ。ピッツァも海っぽいのが沢山あるよ。海って言えば凄いの見つけちゃった。

モルフェッタのお店で出してるんだってさ。タコと何かなー??謎にグロテスク。

ランチの後はモルフェッタの司教座聖堂へ。実は進級二つの司教座があります。

Cattedrale Vecchio

後は空いてる聖堂(下の写真はモルフェッタで一番古い聖ベルナルディーノ)に入ったり、お買い物したりして街をぶらつきましょう。買い物はリゾート地が好きなんです。私は派手好きで、ボヤけてたり暗いのが嫌いだから、太陽ピッカーってとこで売ってるような物につい心が躍ります。阿呆らしいほど巨大なネックレスとか、よく製品化したなっ!みたいな楽しい意味不明の商品とかね💖

San Bernardino 1162

モルフェッタのやる気満々のケーキ屋さんのサイト



とにかく有名なモルフェッタの夕日を拝みましょう。夕焼け自体が綺麗だけれど、モルフェッタの場合、特に夕焼けが似合うと言うので写真が沢山あります。私の持っているモルフェッタの大聖堂の解説書の表紙も夕焼け時です。でもこの光景を楽しむには大聖堂から離れなくてはなりませんから、船に乗せてくれるか交渉してみようと思います。さてどうなることやら。虹まで着いたら凄過ぎる!

Molfetta Imbrunire

モルフェッタを夕焼けまで堪能したらジョヴィナッツォへ。4分!

               Cattedrale di Giovinazzo

ジョヴィナッツォへ着いた頃には聖堂は閉まっています。行ったことがないので良く分かりませんが、かわいそうに周囲にスペースが無いようです。遠目にはモルフェッタと似ていますが、こちらの方が細部の装飾などもあり、ロマネスク〜ゴシック期の聖堂にありそうな感じです。地下聖堂もあります。


私たちが2晩泊まる宿はこの道沿い。プーリアは町の構造や気候は本当に最高!


2018年7月28日土曜日

2018年9月イタリアの旅、4日目:ビトント、ルーヴォ・ディ・プーリャ(更新)

9月14日

おはよービトント!最高の気分で起きる予定!誰の目も気にせず、部屋やテラスを自由に歩き回り準備。ホテルでは決して味わえない自由さ。朝食はイタリアの定番パスタ(甘いパンの事)とカフェが用意されています。テラスで食べようか。そうそうベッドには差があるので、みんなでくじ引きします。一番良いのに当たった人は次のくじは引かないで順番にね。

ビトント・チェントラーレ、ルーヴォ・ディ・プーリャ間は20〜30分に一本の割で列車があり、8時半を目標に出発。バスもあるし、時間はあくまで一応って事。17〜18分で到着。

Museo Archeologico Nazionale Jetta

驚くことにトリップアドヴァイザーで10点満点の博物館です。
http://www.prolocoruvodipuglia.it/museo.html

古代ギリシャの壺を中心としたコレクションで特に名高く、どんな案内を見てもこれを絶対外してはいけないと書かれています。

中世の兜などもあります

近くの聖ドメニコ聖堂を訪問し、ロマネスク愛好家の喫水の的、司教座聖堂へ。

Cattedrale di Ruvo di Puglia 12-13世紀

プーリア独特の、白く質素で、要所にロマネスクらしい浮き彫りを施した力強い形態です。地下も発掘され、印象深いバルダッキーノ(身廊の祭壇を覆う天蓋のある建造物でロマネスクの特徴)も完全な姿をとどめています。

Chiesa di Purgatorio

次に外見は酷い煉獄聖堂へ。煉獄とは地獄の手前にある空間で、中世世紀からルネサンスにかけて練り上げられた思想です。この聖堂は17世紀のものですが、実は古代ローマ時代の建造物の上にあり、古代ローマの施設を San Cleto 聖堂へ改変し、その上に現在の聖堂があるという、イタリアならではの構造です。


ビトントへ戻ります。お昼ご飯は時間とレストランの様子次第で、ルーヴォかビトントか決めましょう。一応レストランのイタリアでの人気状況など質問しておきますが、ビトントの宿は旧市街です。お惣菜を買って宿で食べるのがベストかもしれません。圧倒的に気も体も休まるので。でもそれには12時までに帰らないと行けません。ま、焦らず当日決めましょう。

Palazzo Sylos

私が初めてビトントへ行った時、印象的だった建築物の一つ。15世紀のフィレンツェ以外の土地の様子が伝わります。写真はシロス館のロッジャから広場を眺めたところ。細い円柱のロッジャは優雅で、中世を脱したお金持ちたちは、古代ローマ貴族気分でここから民衆を眺めたのでしょう。

Cattedrale S.Maria Assunta

愛しのビトント司教座聖堂です。広場も、名ばかりではなく広々とし、石の色が太陽に映えています。聖堂の横には長年研究対象のルッカのヴォルトサントの門もあります。やたらめったらゴージャスな巨大聖堂より、こういった聖堂が一番好きです。神聖さと職人や民衆の熱意を感じます。もちろん、人里離れたところにポツンとある、小さな可愛い聖堂も愛しいですが、そういうところでは美術的感動は得られません。ロマネスクの大聖堂には当時最高の手仕事を誇った人々の跡が残っていて、それが素晴らしいのです。


ambone di Nicolaus

アンボーネとは説教壇のことです。説教壇は中世美術が凝縮した場所で、経済的にも技術的にも最大限の努力が払われています。ここでは1229年の記録が残るニコラウス親方の色大理石象嵌と、浮き彫りが堪能できます。ここからは見えませんが、この壇へ登る階段脇の彫刻も有名です。下はビトント大聖堂の写真がたくさん載ったサイトです。中世美術好きなら、読めなくても素晴らしさが十分伝わると思うのでぜひ見てください。


Lunetta di Cattedrale

ビトント大聖堂の彫刻はフランスロマネスクとの繋がりを想像せずにはおれません。特にフランスでは西正面のルネッタ(半円形の部分)に「最後の審判」図を彫るのが流行しました。ここでは最後の審判ではなく、その後の「冥府降下」が表現されます。審判後、復活したイエスがアダムとイブ始め、死した全人類(救われる人々)を冥府から救い出す場面です。ビザンチンのモザイクなどにも大画面が存在する、私の大好きな場面です。ただこれはオリジナルで、このまま行けば風化して失くなってしまうのではないかと心配になります。


内部床モザイクのグリフォンはビトントのシンボルとなっています。

宿のすぐ側に司教座聖堂博物館があります。当然訪問。その他に、非常に印象に残った煉獄聖堂も近くだし、とにかく時間と元気の許す限り、街を歩き回ります。

煉獄聖堂の入り口を守る骸骨の一体。Chiesa del Purgatorio

Ponte Tifilis

橋の向こうに見える Santa Mari del Popolo(Santa Teresa) 聖堂は、外からは想像もつかない頑張った内側。

San Domenico

これも外からは想像のつかないすごい内側のストゥッコ。南部バロックの代表的な技法。

聖堂では無料コンサート(当然イエスに想いを馳せる内容)も催されているので、当日調べます。コンサートは大抵夕方以降です。この聖ドメニコには行きたいです。近いしね。


旧市街の門と塔を通過しビトントにお別れを告げなければなりません。ジョヴィナッツォへ向かいます。バスで20分で数百円で行けます。宿の近くに停留所があって、海沿いの立地最高の宿へ😎




2018年7月26日木曜日

2018年9月イタリアの旅:3日目:バーリ、ビトント

9月13日

バーリはプーリア州の真ん中の州都(北がフォッジャで南がレッチェ)。大きな建造物もある都会です。お洒落な高級品店街もある。

イタリアではリバティと呼ばれるアール・ヌーヴォー様式の素晴らしいPalazzo Mincuzzi

怖い貧しい汚い南イタリアのイメージと全く違う。こんな通りをチラチラ覗きながら、海の方、旧市街へ向かいます。新市街と旧市街は大通りで完全に分かれていて、紅色の派手な劇場が目印。

Teatro Petruzzelli

私たちが泊まる日には、オペラの神様ジュセッペ・ヴェルディのリゴレットが上演されます。ちょっと見たいかなーっと内心思っている私。スカーラ(ミラノ)やサン・カルロ(ナポリ)などでは観たけど、結構演出が現代的で派手さに欠けた・・・・。ここはバーリの中でもオペラとバレー専門の劇場で、他に魚邸というところでペルゴレージ(演劇好きなら知ってるかも)の舞台があります。当然コンサートホールもあるよ。

いきなり道がまがりくねり細くなって中世の町構造に変化します。

通りにロマネスク聖堂がお尻を向けています。中は視聴覚室になってるけど、元は9世紀のアマルフィの商人たちの聖堂だったので、その後が今も残っています。サイトで確認。

進むと最近大改装された司教座聖堂博物館があります。入ります!中国の副葬品の展覧会なんかもやったりしてます。

素晴らしいゴシックの聖遺物容器


いよいよ、本命のサン・ニーコラ(聖ニコラウス)聖堂へ。と行きたいけれど、そこは完全に囲まれた中庭を通過しなくてはなりません。壁の中はいきなり違った空間で、写真の左側にひっそりと建っているのが聖グレゴーリオ。お参りします。右にはお土産と司教座博物館。

San Gregorio

ひっそりと、正面が壁に突っ込まれてしまいながらも、中世から生き残った聖堂です。

San Nicola

白くシンプルな力強い、まさにロマネスク聖堂です。イタリア中の聖堂巡りを初めてたけれど、もちろん今ほど知識も無かった当時、ある意味で一番感動した聖堂です。

当然広間様式ではなく、いわゆるバジリカ様式でもなく、もちろんビザンチンでもない。ローマやフィレンツェ他有名な街の聖堂とは違った構造です。どこか似ているところを無理やり思い出せば、パドヴァをなぜか思い出しました。巨大なアーチが極めて印象的。


美しいロマネスクで最愛の空間。奥はクリプタ(地下聖堂)に。降りてゆくのは気がひけるほど、本気の信徒たちの祈りが今も捧げられる聖ニコラが眠っています。何世紀も後にサンタクロースとして有名になるお方です。

多分お腹が空いているのでいい感じのバールで一休み。簡単なランチとします。Antico Caffe del Carmine が私のお気に入りです。お昼を食べながらその後の話し合いをします。

例えば、フェデリコ二世で有名なシュヴァーベン(イタリア語ではスヴェーヴォという)のお城へ行くのもまともな選択です。中は博物館ですが、外から見るだけでも中世初期のお城というものがどういうものか想像できます。以前来た時は、初めてだったので気合いを入れて周囲も、中も全部歩き倒しましたが、今やったらめっちゃ疲れると思います。

Castel Svevo

聖スコラスティカ聖堂だった考古学博物館方面へ向かうかどうかは当日話し合いで。博物館に入らなくても、街の中を歩いてるだけで古代や中世の遺跡に遭遇します。南イタリアではよくあることです。

Santa Maria di Buonconsiglio

洗濯物にまみれて遺跡が只見。宿の方へ戻りながら、ドッペルゲンガー博物館、ルネサンス期から近世へかけての博物館もありますが、素敵なお店に入ったりしながら宿へ帰り、ビトントへ向かいます。電車で20分。バスで25分弱。バスの方が歴史中心地に近いので、優先します。夕食はビトントで。

私たちの貸切アパートです。中庭もあるし、予約した時は、かつて見た事のない満点評価のアパートで、すごく楽しみです💕女子トークも盛り上がりそうです!




2018年9月イタリアの旅:1・2日:ブリンディシとオストゥーニ

やっと放送大学の面接授業や国立市のイベント、イタリア人の訪問(また8月にも来る、この暑いのに可哀想に)などが済んで、旅支度最終段階に突入しました。私の旅は、旅行社の旅とは当然違って、全部自分で計画して、いつも違うとこ、しかも辺境の地とかへ行くので、支度が大変です!その割に手数料は雀の涙だよーん(と言わない方がいいけど、人間ができていないので言ってしまう😅)。特に今回は初の2グループで、後半戦が人数が増えたので宿など取り直しました。

9月11日
成田発 ローマ乗り換え ブリンディシ着
手荷物だけだから飛行機に問題がなければ23時前には空港から出られるでしょう。アパートのオーナーが迎えに来てくれます(感謝!)普通に生活できるアパートなんだけど、残念ながら1泊。あっという間に身支度して必要最小限のものだけ出して寝ます。

9.8点の高い評価のアパート。壁の彫刻が気になる。

9月12日
荷造りして出発。古代から栄えたアッピア街道終点の町の雰囲気を楽しみながら、駅へ。みんな元気なら8:18の列車でオストゥーニへ。22分後到着。かの有名な白い街並みへ向かって歴史中央地区へ歩く。二つある旧市街の丘のうち、より古い丘、司教座聖堂前のバールで朝食。9時に聖堂が開くので訪問。小さいながらも可愛い、ゴシック様式の聖堂で、青銅扉が由緒正しさを表しています。

1470年創建のSanta Maria Assunta


白い迷宮の町をうろうろします。ここでは重要建造物というより、町の構造を楽しむお散歩がメインです。で11時には列車でブリンディシへ引き返します。もっと居たければ13時半というのもあるけど、ブリンディシの方が重要なものが多いので、午後一杯見学に当てます。

ブリンディシ駅に着いたら街とは逆に、湾の向こう側へ行きます。タクシーですぐ。13世紀の聖堂Santa Maria Del Casaleへ。お昼はできれば聖堂周辺で食べたいけど、街中じゃないので、情報蒐集して駅周辺か聖堂近くで、軽く済ませます。

驚くほど幾何学的なファサード。淡い色が強い太陽に映えます。回廊が残り、修道院だったのが分かります。小さな宝石と呼ばれるブリンディシのロマネスク・ゴシックです。

中にはイタロ・ビザンチン系のフレスコが残っています。めっちゃ背は高いけど、可愛い天使とマリア。

Chiesa del Cristo
北イタリアにもありそうな馴染みのあるシンプルなゴシック様式で、どうしても無視できない好みの聖堂です。中は白亜のバロック祭壇。

タクシーでレッチェ門まで行き、キリストの教会をちらっと見て、かの有名なアッピア街道の終点にある、二本の円柱で降ろしてもらいます。そこからは徒歩。まず司教座聖堂(博物館は時間次第。でもここにはフリードリッヒ二世直筆の御触れなどあります。)。

最後に聖墳墓のヨハネ寺院を訪問。この聖堂は、以前訪ねた時には閉まっていて入れなかった所です。ブリンディシはこの数年かなり修復に熱心で、今は夏は夕方の8時半まで鑑賞できます。

Tempio di San Giovanni al Sepolcro


初日からめいっぱい回りました。この聖堂は宿と近いので、荷物を取って駅へ。早ければ18時半か19時32分でバーリへ。40〜50分で到着。バーリはあまり治安の良いところではありません。遅く到着することもあり、駅からそう遠くない大通りに宿をとりました。バーリでは極めて珍しく9以上の評価です(6評価とかたくさんある)。多分かなり疲れているから、もう外へは出ずに、夕飯は買って帰るのが良いかな。

宿の通りにあるスーパーマーケット。どうもお肉が得意そうです。お惣菜コーナーで色々買うつもり👅

3日目はバーリ見学。

2018年7月17日火曜日

一息:イベント、面接授業、大学

昨日、国立市のイベントが終わりました。
小ホールが一杯になりました。あの暑い中来てくださった方々、本当に感謝します。
昨日は、巡礼についてについて話してほしいと要望があったため、ヴォルト・サント巡礼で大いに賑わったルッカから、「神の顔」ヴォルト・サントの話をしました。
次はルッカの様々な美術作品を紹介したいと思います。
聖堂建築と様式の話かもしれません。何しろルッカは珍しいほどロマネスクな街なので。

Matteo Civitali

国立市はトスカーナ州のルッカ市と姉妹提携するために努力中です。
私は、地元で研究がぴったりハマったことが縁で微力ながらお手伝いしています。
これからも続くのでみなさん応援してください。

やっとW杯も終わりましたね。もう寝る時間がめちゃくちゃになって体力も限界でした。大会の初期にはベルギーかなと思っていましたが、フランスは質の高い選手が大勢いますよね。私としては、南米やアフリカが残れなかったのは残念だし、クロアチアに勝って欲しかったけど、今大会はすごくいい試合が多かった気がします。唯一残念だったのはウルグアイの最終戦にカヴァーニが出られなかったこと。気迫と躍動感に満ちた選手が好きです。そうそう、今年はナポリに結構長居するのでメルテンスが見られるかな?とかね。

Kimboは真のナポリコーヒーと言われています

放送大学の面接授業も残すところ一コマとなりました。今回は多摩学習センターでは「芸術とは何か?」を考える大テーマに臨み、文教ではタブーのようなテーマ(セックスと美術の関連)に挑戦しています。普段、考えてもみなかった歴史に触れることで視野が広がれば嬉しいです。

いつもの首都大学東京オープンユニヴァーシティも夏季講座が始まりました。9月にイタリアの旅へ行く場所の美術を中心に話をするので、私自身も旅気分が盛り上がります。

もうすぐイタリアから友人のお友達もやって来るので、どこに連れて行こうか計画も立てなきゃね。

それではいつも参加してくださっている方々、読んでくださってる人たち、疲れる気候だけど楽しんで乗り切ろう!


2018年6月7日木曜日

国立市でイベント:神様の顔はどんな?

国立市は私が特別に興味を持っている、トスカーナ州のルッカ市との姉妹都市提携を進めています。その一環でイベントを色々と行なっています。

San Michele in Foro

初回はイタリア文化を日本に紹介した草分け的存在の西村暢夫氏がお話しされました。
西村先生は大変気さくな方ですが彼のウィキペディアが存在する、イタリアから大騎士の勲章を受けているような人です。イタリア語とイタリア料理の、日本で最初期の学校とレストラン「文流」の生みの親です。

我が町国立のレストラン文流

その後、トスカーナ(ルッカ)料理とオペラ(プッチーニはルッカ人なので)が続き、私の美術の話となっています。


上は国立市の「ルッカを知る研究会」報告頁。

5月の初回には、初めてということもあり磔刑像は中心ではなく、ルッカの街全体を歴史や現在の生活など含め話しました。いきなり決まったこともあり、変な場所(市役所の会議室)だったにも関わらず予定を大幅に超える方に来ていただきました。そこでもっと巡礼の話が聞きたいというご意見を沢山いただいたので、次回は内容を絞って、ルッカの特別な磔刑像を念頭に、キリスト教美術全体に関わる大問題「神の顔」についてお話しすることになりました。

ルッカの靴屋さん 色とディスプレーがいつも素敵

前回と違い突然良い場所(ホール)ですので、ずっと良い環境で画面も見やすくできる予定です。無料ではなく入場料500円を頂くそうです。すみませんがよろしくお願いします。

ヴォルト・サント(聖顔)の祭典の日のみご開帳となる磔刑像を拝みに来た親子

http://www.nichii-sakura.com/?p=1405

こちらは運営の中心を担っている日伊櫻の会(当然ですが右翼団体ではありません)のサイト。お問い合わせなど詳しいこととは彼らに聞いてください。